おはよう

 賢者様、おはよう。となりで穏やかな寝息を立てる彼にそう声をかけて肩を数度叩く。すると少しみじろぎをしたあと、やがてゆるゆると目を開けて。ゆっくりと瞬きを繰り返した。
「……くろえ、」
「おはよう」
「お、……」
 寝起き特有の掠れた声と眠気のせいか、むにゃむにゃ続く言葉は不明瞭で聞き取れない。でも、挨拶を返してくれていることははっきりとわかる。
 俺の方に寝返りをうってまたぱち、ぱちとゆっくり瞬きをする賢者様。朝だから起きなければならないという意識と、目がしぱしぱするから中々開けたままではいられない状態が戦っているのだと、以前語っていた。でも俺にはその動作が、仲良くなった猫が親愛を表してくれている動作と重なって。寝ぼけた様子の賢者様がかわいいなぁと思うと同時につい嬉しくなってしまう。
「ん゛ー……」
 うつぶせになって、二度寝をしないようどうにか身体を起こそうと頑張っている賢者様。その後頭部から寝癖がぴょいと出ていたから、直そうと二、三度撫でると彼の身体はぺしゃりと潰れてしまった。どうやら今日は眠気に勝てなかったらしい。
 ――と、俺は思ったのだが、恨めしげな声に首を傾げた。
「……クロエー……」
「……えっ、俺?」
「~~……!」
 顔を枕にうずめてごにょごにょ囁く賢者様。彼がいうには、俺が撫でたせいで力が抜けて起きるのに失敗してしまったらしい。
 そんな賢者様のわがままな抗議を受けて、俺は胸を高鳴らせずにはいられなかった。
(か、かわいい~……!)
 口元が緩むのを抑えずに、いまだうつぶせでいる賢者様に身体を寄せて囁いた。
「ごめんね、賢者様。今日は俺が着替え手伝うから、一緒にご飯食べに行こう、ねっ?」
 宥めるように背中や腕に触れながら誘うと、寝巻き越しにじんわりと寝起きの体温が伝わった。心地よい温もりを知るとベッドから抜け出しがたくなってしまうのは、きっと賢者様も俺もそうだけど。でも、朝食を食べながら交わす会話も同じくらい素敵なものだと知っているから。
 ややあって彼はおもむろに身体を起こした。先ほどの不鮮明な声とは違い、覚醒したはっきりとした声でおはよう、と挨拶をする。普段は言わないわがままを恥じらっているのか、彼の頬は少し赤くなっていた。

2020/10/06