「疲れた……」
深夜。足元の常夜灯しかない廊下をふらふらと歩いていく。突然舞い込んできた急ぎの仕事に右住左住しているうち、すっかり夜も更けてしまった。以前高熱を出して倒れて以来、だいたいいつもタイムキーバーをしてくれているリケには今日だけだからとなんとか説得をして今に至る。
「……賢者様?」
呼ばれて、こんな深夜に誰だろうと振り返るとアーサーが魔法で手元を明るくしながら階段を上ってきたところだった。彼も急ぎの仕事があるため国へ戻ると言っていたから、今やっと帰ってきたところなのだろう。
「アーサー……? あれ、お疲れさま。城に泊まらなかったんだ」
「賢者様もお疲れ様です。明日の朝は、オズ様と朝食を共にする約束をしていたもので………ふあ。………も、申し訳ありません。あくびなど……」
「いーよお、眠いもんね………ふわ、……へへ、うつっちゃった」
オズは真夜中に帰ってくることの方が心配しそうだけど、大切な人と朝食をとることが楽しみすぎて帰ってきちゃう気持ちもわかる。とはいえ、疲労困憊といった様子のアーサーをこのまま見送るのはいささか素っ気ない気がする。なぜなら彼とおれは、同じ忙しい日を乗り切ったいわば戦友なのだから。
「……アーサー!」
彼の名前を呼んで、両手を広げるおれ。ワンテンボ遅れて、首を傾げるアーサー。
「……賢者様?」
「おれのいたところの研究では、親しい人とハグをするとストレスが何割か低減されるという研究結果があります。あと単純に再会の喜びと仕事を乗り切ったことへの喜びを分かち合いたいです」
一息で説明をすると、アーサーは思った通りの笑顔を見せてくれた。気のいい素直な隣人、プライスレス。すぐさまアーサーも腕を広げて迎えてくれた。扉を隔てた向こう側にはみんないるとはわかりながらも、こう暗闇に包まれているとなんとなく寂しくなってしまうのが人情というものだ。しかしそこに煩爽と現れ爽やかスマイルで疲れを癒してくれるアーサー。正直推せる。感謝しかない。
「ありがとうございます、賢者様。実をいうと………少し疲れていたのですが、とても元気が出ました。今からでも仕事をこなせそうです!」
「う、うーん今日はとりあえず休もう……おれももう寝るし、せーので寝よ」
「ふふ、はい。おやすみなさい、良い夢を」
最後にぎゅっと強く抱きしめて、おれたちはそれぞれの部屋に戻った。中央の国の王子としての役割も賢者様の魔法使いとしての役割も担っていてずっと働きづめだから、どうにか負担を軽くできればいいんだけど。布団の中にもぐりながらおれは、次に彼らが行く討伐任務の割り振りを見直そうと考えたのだった。
2020/10/08