そよそよと風が頬を撫でていき、遠くから近くから鳥のさえずりが聞こえる。昼下がりののどかな空気の中、おれは木陰と日向のちょうどあわいの位置に腰かけていた。ここは人間からの目隠しもかねて、魔法舎の敷地内あるちょっとした森で、散歩と気分転換もかねてぼヘーっとするために訪れていた。森林浴というやつだ。ちょっとした森とはいいつつも、二十一世紀の片田舎で育った自分にとってコンクリートで舗装された道のない森はあまり身近な存在ではなく、こちらへ来たばかりの頃張り切って森を探索したときは数十分もしないうちにへろへろになってしまったものだ。そのころを考えれば、今は体力もついたし森の歩き方もだいぶわかってきたように思う。
日が暮れる前には戻らないとな、ここで昼寝したらさすがにまずいかな、なんてぼんやり考えていると、近くの茂みがガサガサと揺れた。ウサギかなにかかとあたりを付けていたが、現れたのはシノだった。
「シノ。森の整備しにきたの?」
シャーウッドの森番をしているシノはこの辺りの森の管理も仕事の一つとして与えられている。武器でもある大鎌でバサバサと枝や蔦を切り落としていく様子は見ていて気持ちがいいのでたまに同行することもあったが、今日もそうなのだろうか。しかしおれの問いかけにシノは首を横に振った。
「違う、あんたを呼びに来たんだ」
「ん、なんかあった?」
「あった。というか、ある。ネロがパイを焼いてるから、頃合いを見て呼びに来た」
「なんだって。それは一大事だ」
彼の言葉によりうっすら漂っていた眠気は食い気に塗りかえられた。立ち上がり、裾についた土を軽く払いながら魔法舎へ戻るシノの後をついていく。
「でも、よくピンポイントで見つけられたね。結構探した?」
ちょっとした森とはいえ散歩ルートはいくつかある。もしかして時間をかけさせてしまっただろうかと心配になり問いかけたが、反面彼はふふんと得意げに笑った。おれはシノのこの顔が好きだ。
「新しい足跡や折れた枝を見れば、あんたが今日どのルートをとったかぐらいわかる」
「すごい、探偵みたい」
「森番だからな」
もっと褒めろと言わんばかりに胸を張るシノ。おれは自分の語彙の許す限り彼をほめちぎって、それから彼と共に焼きたてのネロのパイの味を想像した。
2020/10/09