「おはようございます、賢者様。朝から賢者様に会えるだなんて光栄です」
いつもの柔らかな笑みをたたえてラスティカは挨拶をした。指の先まで洗礼された動作である。――ボタンをすべて掛け違えていたり、ベルトがベルトの役割をはたしていなかったり、寝ぐせで髪があちらにちらへ飛んでいたり――ついでに、太陽は既に一番高い時間を通りすぎていることを除けば。
いや、これは、さすがに除ける範囲を超えている。ラスティカが持ち前の貴公子オーラを以って、あまりにも自然に挨拶をするのでうっかりそのままスルーしてしまいそうになったが、おれはハッとして疑問を口に出した。
「ええと、はい。おはよう。……今日はクロエは一緒じゃないの?」
「クロエは、アイデアが湧いてきたと言って昨日から部屋に籠もっています。ふふ、とてもはしゃいでいたので、きっと素敵な服が出来上がることでしょう。完成が楽しみだ」
なるほど、事情は把握した。朝からクロエを見かけないのは気になっていたけれど、てっきり市場にでも出かけているものだと思っていた。きっと彼は徹夜で作業をして、すっかり日が昇ったことにも気づかずに服作りを続けているのだろう。いつもラスティカの支度はクロエがしているから、その手伝いがないラスティカは一人で身支度をする必要があった。しかし人より大らかなラスティカは多少――多少?――着崩れていても気にしないのだ。以前クロエもぼやいていたけれど、本当に、クロエに出会うまで彼はいったいどうやって生活をしていたのだろう。
「ええと……ラスティカ。クロエみたいに慣れてないから、多少不格好になっちゃうかもなんだけど……今日のラスティカの身支度は、おれが代わりに手伝ってもいい?」
この状態のまま放っておくのはしのびなくて申し出ると、ラスティカはまだ少し眠気が残っているのか少し考えるように首を傾げてから、すぐに春の日差しのように朗らかな笑みをおれに向けた。
「朝一番に賢者様に出会えただけでなく、お世話までしてもらえるだなんて。間違いなく今日はいい日です。……そうだ、先日街に出かけたときに美味しい茶葉を見つけたのです。お礼にごちそうしましょう」
「え、いいの? おれの方こそありがと……ちょ、ちょっとまって、机とティーセットを出すのはまだ気が早いから。先に服と髪を直しちゃおうよ、ねっ」
「ああ、そうでした」
魔法で出したお茶会セットを一旦引っ込めてもらう。ここからだとおれの部屋の方が近いからと、にこにこしているラスティカの手を引いて彼を誘導した。彼の衣服を整えてそのあとは、きっとまだ作業を続けているだろうクロエにも声をかけに行かなくちゃ。
2020/10/09
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