眠れない夜に眠れた朝

 草木も眠る丑三つ時――なんて言葉は、きっとこの世界にはないのだろうが。とにかく深夜のすっかり寝静まった魔法舎のキッチンで、おれは一人もくもくと料理を作っていた。
 なぜか。その理由は一つである。眠れないから。
 なんとなく、そんな日は訪れる。寝苦しい気温だったとかなんとなく変な夢をみただとか、任務で疲れすぎて逆に寝つきが悪かったりだとか理由は多少違うけれど。きっと多かれ少なかれ誰にでも訪れる夜だろう。だからといってベッドの上でぼうっとして時間を浪費するのも惜しい。そんな時に有効な手段が料理を作ることだった。
 何かを作ったという達成感は早く寝なければ明日に響いてしまうという罪悪感を減らしてくれるし、寝なければという意識からあえて一度目をそらすことで片付けが終わったタイミングでうまく眠れることが多い。
 あとは誰にも知られないで美味しいものを作っている、といういたずら心のようなものが刺激されるというのもある。
 丸椅子に座りながらコンロの火を眺める。ほんのり甘いバンケーキ生地が焼ける音を聞いていると、ついさっきまで全くなかったはずの眠気すら感じそうだ。
 出来上がった熱々のそれを誰も見ていないのをいいことにそのまま素手で食べて、口を動かしている間に洗い物を終わらせる。そしていくらか残ったバンケーキは、すでに粗熱は取れているので上に布を被せて置いておく。さらにその上に「早い者勝ち」と書いたメモを残して、おれは自室へと帰っていった。

 このルーティンは時折なされるものだがこの世界にきてしばらく以上の時間がたっているため、メモ書きの意味を初回の朝に聞かれて以降、早起きが得意な面々は繰り返し記されるその形をすっかり覚えてしまったらしい。それは同時に深夜まで起きていたことを意味するのだが、たまにはそんな日もあるだろうということでさして気にされることもなかった。頻度が著しく上がることがあれば、また話は別なのだろうが。
 眠る時間がいつもより遅いのは明らかなので、こんな日は部屋まで起こしにくる魔法使いはいない。やがて太陽の眩しさに気が付けばのろのろと起き、部屋の窓を開けて新鮮な空気を吸いながら外を眺める。
 たまに、中庭を散歩している魔法使いに声をかけられれば、しょぼしょぼした目を擦りながら手を振り返した。そのまま窓にれていると眠気と陽の暖かさに再びうつらうつらしてくるが、そのまま身をゆだねつつ逆らいつつ、しばらくして気がすむとよいしょと少しだけ気合を入れて立ち上がり、やっと着替えを始めた。
 そんな朝の迎え方もある。


2020/10/12