「ラスティカは、クロエのことだけは花嫁と間違えないよね」
彼の花嫁と間違えられて鳥かごにしまわれる。もう何度目かわからない行為から解放され、やや乱れた服を整えながら疑問を口にした。おれが花嫁ではないと気付くまでの時間がいつもより早かったから、今日のラスティカはいつもよりしゃっきりしているようだ。
「クロエは、クロエですから」
「うーん。それはそう」
至極まっとうな理由である。彼らの出会いはクロエを花嫁と問違えたことがきっかけだそうだけど、それ以来何年も共に旅を続けているから、彼はクロエを花嫁と間違えることはないという。きっと、二人が積み重ねた思い出の結果だ。
「……ああ、賢者様が賢者様ではない、という意味ではないのです。どうかお気を悪くされないで」
「ん? ああ、いや、言いたいことはなんとなくわかるから大丈夫だよ」
考え込んだおれに、ラスティカは申し訳なさそうに微笑んだ。気にしてないよと首を振って、彼が大事そうに持っている鳥かごを見やる。いつから使っているものかは知らないけど、アミュレットになるぐらいだからきっと長いこと一緒に旅をしてきたのだろう
「おれはいつまでここにいられるのかわからないけどさ」
それは、前にも話したこと。ラスティカはおれのことを忘れたくないと言ってくれた。おれもラスティカに忘れられたくないし、ラスティカを忘れたくない。前の賢者様に関連する記憶がおぼろげになっているという話は聞いていた。そのことに気付いたアーサーやヒースクリフの動揺した様子を見ていると、その感情は一層強くなる。忘れたからといって出会ったことが無くなるわけではないけど、それでもやっぱり、いつでも思い出して眺めていられると安心できる。相手も自分を思い出してくれているのだと思えると、離別の寂しさだって少しはまぎれてくれるはずのものなのに。
ラスティカにも他のみんなにも、クロエにもおれは忘れられたくはない。
「ラスティカともたくさん思い出を作っていきたいよ」
長い時間を生きる魔法使いにとって、数年という時間は瞬きをしている間に過ぎ去っていってしまうものらしい。賢者というおれの立場は、それよりもずっと短い時間しかないかもしれない。だからこそ彼らとは色んなことをしていきたいのだが。
「僕も同じように思っています。……いい天気だ。賢者様、今日は外でお茶会にしましょう」
それはそれとして、ゆっくり過ごす時間も同じくらい価値がある。おれは欲張りなので、どちらも取り落したくないと、そう考えてしまうのだ。
2020/10/14