お絵描きブレイクタイム

「あらまぁ、前衛的なイラスト」
 風にのってひらひらとおれの手に収まったのは絵の具で描かれたイラストだった。ビビッドピンクの背景の中に、黒く塗りつぶされたなにかが転々としている。魔法舎の中で絵を描く人物は限られているし、一見しただけでは何が描かれているのかはよくわからないが、この画風には見覚えがあった。ルチルの絵だ。
 ルチルはよく風景画を描いているから今回もそうなのかもしれない。
「賢者様! すみません、うっかり飛ばされてしまって」
 向こう側から走ってきたのは予想した通りルチルだった。写生道具は魔法でミニチュアサイズにまとめられ、バスケットの中に納まっている。
「ううん、ちょうどキャッチできたから。土に汚れなくてよかった」
 まだ絵の具の乾ききっていない紙が地面に落ちれば、結果は火を見るよりも明らかだ。せっかく描いた絵がそんなことになってしまうのは悲しいから、タイミングよくおれがいるところに落ちてきてよかった。
「ところでそれ、なんの絵なの?」
「市場の絵です!」
「ああ、今日は街景なんだ」
「ええ。いつもと違うものを描くと、気分転換にもなっていいんです。……そうだ! 賢者様も、もしよければ私と一緒に絵を描いてみませんか? 絵の具は私のものでよければお貸ししますし」
「絵かあ」
 たしかに手遊びとして万年筆でメモのはしに落書きをする程度ならちょくちょくしてるけど、元々デジタル派だったこともあって色を塗るっていうガッツリした作業はこちらの世界に来てからはする機会がなかった。
 言葉の流れからしてきっとルチルは気分転換として絵を勧めてくれたのだろう。久々に色を塗ってみるのも、アナログに挑戦してみるのもいいかもしれない。
 彼の誘いにうなずくと、彼はおれ以上に喜んでいるように見えた。
「あのねえ……お絵描き、難しい!」
「お上手ですよ、賢者様」
「ありがとうルチルの絵も素敵だよ! でもそれはそれとしてめっちゃ難しい!! いっつもかいてるルチルすごいね?」
 アンドゥも範囲選択もレイヤーもないアナログお絵かきに、おれは苦戦しまくっていた。そもそも題材に魔法舎を選んだのはいいけれど、いままで風景画も建物もロクに描いたことがなかったのだ。だいいち、絵の具は学生時代に使ったきりだし。自分の絵の完成品を眺めて、ため息とも深呼吸ともとれる息を吐きだした。
「難しい……。けど、すっごい楽しい。誘ってくれてありがとうルチル」
 ルチルはおれが描いている間に一枚目の絵を完成させて、既に二枚目に入っていた。ちらりと見てみたけれど、やはり前衛的なテイストのイラストを理解するにはまだレベルがちょっとたりない。もしかしたら印象派だったりするんだろうか。まほやく界のモネ。うーん、すごい。
「はい! 私も、賢者様と絵が描けて嬉しいです。お誘いしてよかった」
 すると、真夏のひまわりに負けんばかりの笑顔を彼は見せてくれた。……おっ。次の題材、決まっちゃったな?

2020/10/15