ノックをするとしばらく間をおいてから扉が開いた。急に現れたわけでもないのに、彼の長身と黒を基調とした服装は多少威圧感を憶える。
「……お前か」
「うん。通りかかっただけなんだけど、楽器の音が聞こえたから気になって」
ここはオズの部屋だ。扉とオズの隙間から部屋を覗くと、暖炉からやや離れた場所に見慣れないものがあった。きっとあれが聞こえてきたメロディの元だろう。
「……チェンバロだ」
「チェンバロかあ!」
扉の前から一歩横に移動するのは、彼なりの入室許可だ。お邪魔しまーすといいつつチェンバロの元へとことこ歩いていく。楽譜立てにおいてある楽譜はどうやら初心者向けのもののようで、以前オズから聞いたラスティカとの会話を思い出す。
「これ、ラスティカがオズの演奏を聴きたいって言ってたのの練習?」
「……それもある」
「も?」
振り向いて尋ねると、オズは唇を引き結んで(これは彼が考え込んでいるときの表情だ)目を伏せた。しばらく黙っていたが、やがて天の岩戸のように固い唇を鷹揚に開く。
「……手本になるようにという演奏をきいたアーサーが、幼いころからよく耳にする曲だと……」
「なるほど、じゃあアーサーのための練習でもあるんだ……なんかいいね」
「そうか」
「しかし楽譜読みにくいな……楽譜もってるってことはオズ、楽譜読めるの? 昔楽器弾いてた?」
「いや。半ば、押し付けられたようなものだ」
そっかあ、相槌を打つと、オズは神妙にうなずいた。弾いてみてもいいかと尋ねると彼はまたゆっくりうなずいたので椅子に座る。だが長身のオズに合わせられたもののため鍵盤がやや高くなってしまった。まぁ遊びで弾くだけだし立ちあがり右手だけできらきら星を弾いてみる。おれはワクワク顔でオズを振り返った。
「楽しい!」
「そうか」
「んふふ。鍵盤触るの何年ぶりだろ」
「今の曲は」
「童謡? かな? きらきら星っていうんだ。ねえ、オズは練習まだ続ける? もうちょっと聞いてていい?」
彼はまた口を閉明ざした。しばらくしてチェンバロの椅子に腰かけて呟く。
「私よりも、おまえの方がうまく弾けるだろう」
「ええ。そんなこと全然ないよ。チェンバロはこっちにきて初めて触ったし。それに……オズが演奏してるのをみるのが楽しいんだよ」
そう言って少し離れた椅子に座ると、オズは返事の代わりに両手を鍵盤に添えた。
2020/10/16
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