花壇に水をやっていると、背中に軽い衝撃が伝わった。振り向くとムルがいつものように、魔法でふわふわと浮きながらこちらへにっこりと笑いかけている。
「にゃーん!」
「わっ、ネコちゃんだ」
「ウー、ワンワン!」
「ワンちゃんになった!」
「賢者様知ってる? ワンワンって鳴くカエルもいるんだよ!」
「今のカエルの真似だったの? 犬が好きだから犬かと思っちゃった……」
「残念、いまはムルの真似!」
「ムルの真似を当てるのはさすがに難しいなあ」
そうかもしれないね! ムルは笑った。おれからしてみるとほぼ内容のない会話なんだけど、ムルにしてみると何か意味のある会話なのだろうか。むろん内容のない会話が悪いという意味ではまったくなく、見ようによっては内容がない会話をできるぐらい気心が知れている間柄、という解釈もできるのだが。
じょうろで水をまきながら次は彼からどんな奇想天外な言葉が聞けるのだろうなあと考えていると、ムルから質問を投げかけられた。
「賢者様、何をしてるの?」
「水まきだよ。ここの花壇はいつも南の魔法使いが中心になってお世話をしてるんだけど、今日は故郷に戻るみたいだから、おれが代わりに」
「ふーん、頼まれたの?」
「うん」
「お土産がもらえるからって?」
「うーん、それが目的ってわけじゃないけど、素敵なお土産を持ってきますね。とは言われたね」
そこでちょうど、じょうろの中が空っぽになった。水道に汲みにいくからと口を開きかけたとき、ムルがひときわ高く宙に舞って手を広げた。おれはそれを見上げるけど、太陽を背にしているムルは逆光が眩しくてよく見えない。
「賢者様、水をまくならもっといい方法があるよ!」
エアニュー・ランブル! ムルがタクトを振るように手を翻したのが、影の動きでわかった。ロずさむように唱えた呪文に合わせて、細かい粒になった水が花壇中にまかれていく。
(…あ、虹だ)
きらきらと舞う水滴の向こう側に小さな虹が見えた。きれいだな、と思いながら降りてきたムルにそのことを話そうとすると、おれが何か言う前に彼は口を開いた。
「俺も手伝ったよ! ねえ、俺もお土産もらえるかな? もらえるなら、どんな素敵なお土産がもらえると思う?」
彼の興味は、水まきでもおれが見つけた虹でもなく。
すでに「素敵」なお土産についての考察へと移っていた。
2020/10/19
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