「……メッ」
「迷子の子羊ちゃん……」
「メェ……」
子羊ではないのだけど、ハンドボールぐらいの手乗りサイズの羊に思わずそんな感想が漏れた。ひとりでに動いているバケツを見つけたから何かと思えば、レノックスの飼っている羊のうちの一匹が中に入り込んでしまい、でられないまま暗闇をずっと歩き回っていたようだ。顔の見分けはいまだにいまいちついてないけど、このようにメッメッとしきりに鳴いてはぐるぐる回る子には心当たりがある。
「きみの扶養主が心配してるだろうから、一緒に帰りましょうね~」
「メーッ」
「はい。いいお返事~」
聞くところによると、羊は多くの動物が威嚇のために体を大きく見せるのと同じように、一匹が鳴くと群れで鳴いて天敵を追い払おうとする習性があるらしい。……たとえそのような習性があるとしても、完全に言葉理解してるよね? というシーンもあるのはともかくとして。きっとここはゲームの世界なので、元いた世界よりも動物との意思疎通においては最適化されている世界なのだろう。
「メッメッメッ」
「めーめー」
てくてく歩きながら羊と楽しくメエメエセッションをする。音楽好きな魔法使いに飼われているからか、羊も音楽が好きな個体が多いように思える。なんとなくの盛り上がりに差し掛かったところで物陰からぬっとレノックスが現れた。
「メッメッ」
「……賢者様」
「め……うわっ! びっくりした!」
「すみません……鼻歌が聞こえたので」
こちらにいらっしゃるものかと。そういって彼はおれの腕の中にいる羊をみた。やはり探していたのだろう。無事に再会できたのだから喜ぶべきところなのだろうが、人に聞かせる気はまったくなかった羊とのセッションを聞かれてしまったおれは一人静かに恥じていた。
羊をレノックスに手渡し、戻ろうかと魔法舎へ足を向けたところで彼が振り返る。
「あの、賢者様。とても楽しそうでしたね、羊も賢者様と一緒だったおかげで不安がっている様子ももうありませんし、助かりました」
「……うん、そう。そっか。それはよかった」
めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、そもそも何も考えずにメエメエ言ってただけなのだけど。知らず知らずのうちに羊助けをしていたのならよかった。
そういうことにしておこう。
2020/10/22
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