いつもと違ういつもの君

 クロエに声をかけられた。クロエに、というか、話し方がクロエだったので、ああクロエだなあと思って振り返った。
 そしたら、よく知った顔の見慣れない美少女がいた。
「えへへ。賢者様……どうかな?」
 服装もいつもの服にアレンジを加えているようで、紺色のパンツは膝丈のスカートに変わっている。くるりとその場を回ると裾が上品にひるがえった。癖のある赤毛も、少しだけ長くしたショートヘアの一部を編み込んでいる。
「……」
「……あの、賢者様。……もしかして、ヘン、かな」
 ずっと黙っていたおれだが、不安げなクロエな声にハッとして首を振る。変なんかじゃない。
「いや、その、びっくりしてた」
 魔法使いが結構気軽に性別を変えられるということは知っていたけど、実際にみるのは初めてだ。
 目を丸くするおれをのぞき込んで、不安げな表情を彼はばっと笑顔に変えた。ングゥ……めちゃくちゃかわいい。クロエとわかるけど、女の子だから、こう、表情はクロエだけど、今まで味わったことのない新鮮な……かわいさが……すごい。ていうか、おれより微妙に身長の高いクロエのつむじがみえる。すごい。ひざ丈スカートも編み込みもとっても似合ってる。かわいい。すごい。
「よかったぁ。本当は変身の魔法はあんまり教わらないっていう話だったんだけどね、まったく別の何かになるんじゃなくて、自分をベースにしたこの魔法は自分を知るにもいいからってシャイロックが」
「そうなんだ……」
「うん! それでね、せっかく覚えたんだし賢者様を驚かせたくって」
「はい、それは、うん。これ以上ないくらいびっくりした」
 うなずくとクロエはまた得意げに笑った。こうしてみると賢者様は背が高くてカッコいいね、と髪に触れてくる手がいつもより華奢で、その違いにドキドキしっぱなしである。
 そっとクロエの手を取ると、手の大きさは違うけれど、おれが先日施したネイルはそのままになっていた。クロエの足元にも及ばない未熟さで恥ずかしくはあるのだが、爪を見つめては誇らしげにほほ笑む彼の横顔をみると、次はもっと上手くやろうと決意を新たにさせられるのだ。彼のその表情を見るたびに、ときめきとうれしさで胸を締め付けられてしまう。
「……クロエ、クロエはいつもかっこよくてかわいいけど、今日のクロエもすごくかっこいいし、すごくかわいいね」
 その感想を伝えたにしては、ひどく暖味でかなりキショい言い方になってしまった気がする。五秒ほど黙って、もうちょっといい感じに言うから、やっぱりリトライしていい? と尋ねようとしたところで、握っていた手をゆるゆるとほどかれる。あっ、めっちゃ引かれた気がする。手をほどいたクロエはそのまま顔を覆って、かと思えば指の隙間からちらりとおれを見てはまた目をぎゅっとつむった。編み込んだ髪でいつもよりもはっきり見える耳元は、いつも照れたときと同じく真っ赤になっている。
「……か、角度がちがう……!」
 え? なんだって??


2020/10/23