おやつみたいに甘くはないらしい

「……それ、甘いやつ?」
「あ、オーエン」
 食堂でおやつを食べていたところにオーエンがやってきた。背後からおれの手元をのぞき込んで、何かを答える前に長い指がマカロンをさらっていく。たとえ人のものでもためらわず口にするオーエンはいつも通り薄紅色のそれを口の中に放り込んだ。
 しばらく咀嚼をして、ごくり飲み込むと機嫌のよさそうな表情で再び俺に迫った。
「ねえ、これ、美味しかった。賢者様はこんないいものを独り占めしようとしていたの? ひどいね」
「何も言わずにとっていくオーエンの方がひどくない?」
「知らない。僕は悪い魔法使いだもの」
「悪い魔法使いっていうより、いまのは……」
 美味しいものを我慢しきれなかった小さい子では? そう言いかけて、さすがに口をつぐんだ。なんというかここはゲームの世界であるという頭があるので、元の世界では難しかった大胆なこともいい意味で緊張せずにできる。オーエンやミスラという天災扱いされているような魔法使いとも気負わずに会話できるのも「まあメインキャラならよっぽどの裏切りとかPVP要素とか主人公立ち位置殺害とかはないでしょ」というメッタメタなメタ読みしているからなのだが。
 しかし時折、そういった気のゆるみは舐めた態度としてとられてしまうらしく。
「今のは、なに?」
 現在進行形のオーエンの冷たい笑顔を引き起こすこともあるのだ。そうなると最悪、雪山に置き去りにされてしまう。「主人公立ち位置殺害とかないでしょ」と「雪山置き去り殺人事件」の境界線上をおれは常に歩いているのである。こっから落ちたら負けな! 道路の白線だけを通るゲームみたいに。
 本当は今日のお茶会にでも持っていく予定だったのだが、同じものを分けた箱が自室にあるのを思い出してマカロンの箱をすすす、とオーエンの方にずらした。
「……どうぞ」
「ふうん?」
 箱を抱えて次から次へとマカロンを食べだす。そんなに一気に食べては味が濃くないか、とか食べた気がしないんじゃないか、とか喉がウェってならないか、とか気になることはいくつかあるけれど、まあそれも個人の好き好きだろう。どうやら無事に気をそらせたようだし、おれは自分の部屋に戻ろう。
「あ、」
 と、気が緩んだ先に、彼の口元にマカロンのかすがついていた。うーんやっぱり小さい子みたいだ、と思いながらそれを取ってやったのだが。
「……おまえさあ、やっぱり僕のこと舐めてるだろ」
 ガンッ、オーエンに椅子の足を蹴られてしまった。バッドコミュニケーション。オーエンのようなタイプとお互い気持ちよく接するのは、なかなか難しいみたいだ。


2020/10/26