ゆっくりおやすみ

「っ、つめた」
「あ、ごめん」
 今日の分の賢者の書も書き終わり、先にベッドへ潜っていたクロエにならってごそごそと入ると、おれの冷えた足が彼の足に当たってしまった。
 ごめん、と言いつつもなんとなくいたずら心を刺激されたおれは、反射的に引っ込んだクロエの足を追いかける。ぴとっ、クロエの足は温かい。
「ちょっと、賢者様ぁ」
「ふふふ、ごめんね。クロエの足があったかくてさ、つい」
「もう、いたずらするなら……えいっ」
「うっ、つめたぁ……」
 抗議の声が聞こえてきたのでさすがにすぐに離したけれど、思わぬ反撃が来てしまった。クロエの手で顔を挟まれたのだ。ぞわぞわくる寒気に首をすくませると、彼も本気で怒っているわけではないのかくすくすと笑いながら手を引っ込ませた。クロエの手は夏でも冷たいけど、足はぽかぽかしているのが不思議だ。
「賢者様、部屋寒い? この部屋だと裸足で過ごしてるもんね……そうだ、この部屋で履けるような、もこもこの靴下作ってあげるね!」
「ほんと? うれしいなぁ」
「靴下だけだと寒いから、どうせなら羽織れるものとセットがいいよね……」
 クロエはどんな素材にしようか模様はどうしようかとあれこれ呟く。こういうときのクロエの言葉は、おれに話しかけているようでいてほとんど独り言のようなものだ。もちろん何か意見を言えば聞いてくれるのだけれど、楽しそうに構想を重ねる彼の様子が愛おしくて面白くて、おれは大抵クロエが話しているのをずっと聞くことにしている。
 しかし温かい布団に横になったいまクロエの声は子守唄にしかならず、自分でも知らず知らずのうちに瞼が重くなってしまった。目を閉じてからもしばらくはまだ起きていたはずだけれど、記憶はあいまいだ。しばらくしてクロエの声が止んだ。
「……あれ? 寝ちゃったんだ……。今日も忙しかったもんね。……賢者様、今日もお疲れ様。また明日もよろしくね」
 かろうじて意識が落ちきる寸前に、そんなクロエの言葉が聞こえて。
 それから、額に何か温かいものが触れたような気がした。


2020/11/07