「さあ賢者様、しっかりつかまっていてくださいね!」
「うん、っ、ぐ」
おれを腰に抱き着かせたルチルがそう告げて、うなずくやいなや急加速した。冷たい風と圧力が体にかかる。おれは今、ルチルの箒に乗せてもらい空の旅を楽しんでいた。
きっかけは単純で、ちょっと休憩しようと思っていたところをルチルに散歩はどうですかと誘われたのだ。てっきり普通に歩くだけだと思っていたが彼が取り出したのは箒で、彼がスピード狂であることはクックロビンやフィガロの証言から知っていたのだが、ジェットコースター好きのおれのわくわく心はうずいてしまった。
いくらスピードを出しがちとはいえルチル自身は普通に帯に乗っているのだし、落ちさえしなければそんなに危ないことはないだろうとルチルの後ろに乗せてもらうことになり。まるでスポーツカーのように急発進するルチルに驚いたが、ある程度身構えていたため彼にしがみつく腕により力をいれてこらえる。
こ、これは、いつかどこかの遊園地で味わったGを感じる……!
その後も急旋回したり、内臓が宙に浮くのを感じるほど推進力を強めるなどのルチルのドライブテクニックにより、おれのジェットコースター気分は満たされたのだった。
「楽しかったですね、賢者様!」
「う、うん……すごかった……」
並みのジェットコースターよりもよっぽどスリリングで、かつ長い時間飛行をしていたためか地上に降りた後もふわふわとした心地が全く取れる気配がない。バクバクと跳ねる心臓を押さえつつ不意によろめくと、自分で踏ん張るよりも先に腕をがしりとつかまれた。
「賢者様、大丈夫ですか」
力強さからルチルではないな、と思い顔を上げると、やや眉を下げたレノックスがいた。あれっと思いつつも「楽しかったよ」と返すと、彼はもっと困ったような顔になった。
「レノさん! こんにちは。いま私と賢者様でお散歩をしていたんです」
「ご、ごめん、もしかして心配させた? この通りピンピンしてるから!」
手をぐっぱーして見せる。まだふわついてはいるけれど気分が悪いとかは全くない。スピード狂であるという自覚に乏しいルチルはおれの言葉に対し頭の上に疑問符を浮かべているが、レノックスはひとまずその説明で納得したらしい。
「……そうですか、差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした」
「ううん! 心配してくれてありがとう。気分転換にって誘ってくれたんだ。ねっルチル」
「はい! 以前私がクックロビンさんをお連れしたときのことを賢者様がいいなとおっしゃっていたので、誘ってみちゃいました」
乱れていたルチルの髪を指で撫でつけると、賢者様も乱れていますよと整えられる。
「……」
すると無言のまま、レノックスがおれたちの頭に両手をほんと乗せて、わしゃわしゃと撫ではじめた。心配したぞということなのだろうか。
申し訳ないなとは思いつつも、……髪が、またぼさぼさになってしまうなあ。
2020/11/09
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