シュガー・パニック


 既知の遺跡には、崩壊星の石というものが存在する。猫に対するマタタビのように魔法使いに作用するその石は彼らに高揚感や安心感をもたらす。平たく言うと、酩酊状態になる。耐性のあるリケも含め、大なり小なり石の効果を受けた彼らは甘えたになったり、昼寝をしたがったり、笑い上戸になったりと様々だが明らかにいつもとは違う姿になる。
 そんな姿に面白さを覚えていないと言えば嘘になるが、無論面白いだけで危険な魔法生物がいる場所に来るはずもなく、遺跡の調査自的と、あとは多少なりとも崩壊星の石の効果に慣れておいた方がいいだろうということで、メンバーを入れ替えつつ定期的に訪れているのだ。そして定期調査も終わりほどほどの自由時間に、おれはクロエのマシンガントークを受けていた。
 マシンガントーク。矢継ぎ早に絶え間なく言葉を続けることを大量の銃弾を発射し続けるマシンガンになぞらえた言葉だが、クロエのこのしゃべりを見れば、マシンガンが存在しないこの世界においてもマシンガンがどういうものかお分かりいただけそうなぐらいのトークである。
 話を聞いて相槌を打つだけでも大変なスピード感だ。普段からクロエがおしゃべり好きなのはわかっていたけれど、あれでも手加減されていたのだろうか? 加えて酩酊状態にあるので、時折話が飛ぶこともある。たまに本人も気が付いてけらけらと笑い、そしてまたすぐに変わる話を聞きつつ、おれは「器用だなぁ」とひたすらに感心するのだった。

「それでね、ヒースはやっばり最初恥ずかしがってたんだけど、……けほっ、」
 軽くクロエが咳き込んだ。おれの相槌を除けばずっと一人でしゃべっていたので、疲れるのも無理はないだろう。それでもなお気持ちは進み続けるのか、口を開いたクロエにストップをかける。
「クロエ、ちょっと、しー」
 人差し指を口元にあてると、彼はきゅっと口を引き結んでうなずいた。その間にポケットから出したのど飴の外紙をはずして、今度は口を開けるように言う。
「あーん」
「あ、」
 口の中で飴をころころ転がしたクロエはにっこりと笑う。
「うふふっ」
「美味しい?」
「うんっ、あのね、前にここに来たとき、同じように声が掠れちゃって、ラスティカにシュガーもらった時のこと思い出してた」
 にこにこと一層笑顔を増した彼はおれに甘えるようにしなだれかかり、その時のことを話す。しゃべるのはいいけど、飴はのどに詰まらせないでね。そういうと彼は大きくうなずいた。そして思いついたようにおれの手をまさぐる。
「賢者様、手、手だしてみて!」
「ん?」
 片手を差し出すと、両手でぎゅっと握られた。かと思えば小さい何かがぼろぼろと手のひらにこぼれてくる。クロエのシュガーだ。
「えっ、うわっ」
 しかしあまりにも勢いが良く溢れてしまいそうだったので慌ててもう片方の手も出した。ストップストップ! おれの焦った声にクロエが大丈夫だよと返して、あふれるのを止める頃には、おれの両手でかろうじて持てているほどの大量の山になっていた。
「く、クロエさん?」
 困り果てて、シュガーをこぼさないように慎重にクロエを伺うが、はちゃめちゃにテンションが上がっているクロエはそのうちの一つをつまみ上げて形がめちゃくちゃだよ、とはしゃいでいる。
「あの、クロエ、」
「なあに? ……あっ! でもこっちは綺麗かも。はい、あーん」
「あー……うわ、うまっ……じゃなくて、あの、シュガー、多くない?」
「えへへよかった。ねえこのシュガー、犬みたいな形しててかわいいよ?」
「あっほんとだかわいい……じゃなくて聞い、……おいし……」
 クロエはご機嫌な様子で、次々におれの手の中から口の中にシュガーを移動させていく。甘いのに重さはなく、綿菓子のようなくちどけのシュガーは食べさせられるのが異常なスピードにも関わらず問題なく入ってしまう。普通の砂糖をこれだけ一度に食べたら口の中や喉に張り付くような甘さを感じそうなものだけど、それが全くない。
 魔法使いのシュガーってすごい。すごいのはわかるんだけど、身動きが取れないままひたすらに美味しいシュガーを食べさせられるのは新手の責めにも思える。
 しゅが、うまい。そんなフレーズが頭をよぎるが、やはりクロエの手は止まらなかった。これ以上口の中に入れられないように閉じてみるにも、クロエのおねだりに対して激弱のおれはちょっと小首を傾げられて、食べないの? という眼差しで見つめられただけで、秒で口を開けてしまう。ついでに言うとクロエ手ずからものを食べさせてくれるのにおれ自身テンションが上がりまくっていた。あまりにも意志が弱すぎる。あとマジでシュガーがうまい。
 しかしそれでも限界は来るもので、繰り返すサイクルにだんだん眩暈がしてきた。食べるとクロエの笑顔が見える。そして褒められる。このコンボはおれに効く。餌付けされてるのは薄々わかっていたけれど、この餌付け方法はマズすぎた。クロエがわかっててやっているとは思えないけれど、わかっていない方がよりマズいことって結構ある。
 どうしてこんなことに……いろんな要素に襲われてふらつく頭でおれは、一緒に来ていた他の面々からの助けを願い――そして他の面々もクロエと同じく高揚状態にあることを思い出し、途方に暮れるのだった。


2021/09/13