小雨の中で


 ヒースクリフはしとしと雨が降りはじめた空を眺めていた。少し開けた窓に椅子を寄せて、そうして友人たちのことを考えていた。少し年上の、でもヒースクリフより一年遅れて賢者の魔法使いとなった赤髪のクロエ。それから、自分とクロエを含めた魔法使いたちを束ねる、異世界からきた賢者、直隈のことだ。
 近頃は立て込んでいた仕事があったようでそれぞれ忙しそうにしていた彼らだが、しばらくぶりに二人が会話しているのを見たとき、話しているのはなんてことない内容のはずなのに、なんだか今までとは異なるような違和感をヒースクリフは持った。
 違和感、とはいったものの忌避するようなものではなく、なんとなく、どこか浮足立つような、そわそわするような感じがあった。
 どうして自分はそう感じたのだろう。なんてぼんやり考えていると、雨垂れで霞がかった向こう側から人影がふたつ、走ってくるのが見えた。ちょうどヒースクリフが思い浮かべていた二人だったので驚いた。きっと、外に出ていたところを雨が降ってきたから急いで帰ってきたのだろう。濡れているだろうしタオルを持っていってあげようか、そう腰を上げかけたとき、ヒースクリフの目はなお彼らに引き付けられた。
 雨の中からやっと屋根の下に入った二人は顔を見合わせて笑い、クロエは懐から取り出したハンカチで直隈の頬や髪をぬぐっている。荷物を抱えた直隈はそれを拒否するように身じろぎをしたが、やがて観念したようにおとなしくなった。大方、自分を先に拭きなよ、とクロエに伝えでもして、それでもクロエは譲らなかったのだろう。
 ああ、とヒースクリフは思った。どのような言葉を交わしているか聞き取ることすらできないが、彼らのその様子を見て疑問がすとんと落ちた。カインとアーサーのような主従関係とも、ミチルとリケのような友人関係とも違う。行為だけを見れば誰が誰にしていてもおかしくはないけれど、見ていて確信した。彼らのそれは、ヒースクリフの両親と同じものだ。
 ヒースクリフは今度こそ立ち上がり窓を閉めた。
 タオルは持っていかなかった。
 あそこは今、彼ら二人だけであるべき空間だ。


2021/11/17