不思議な形をした葉っぱを眺めて、気付いたらみんながいなくなっていた。シャーウッドの森でのことだ。
普段は好奇心旺盛な魔法使いたちばかりが迷子になるのでついうっかり油断していたが、ついにおれも迷子になってしまった。きょろりとあたりを見回して誰もいないことを再確認する。その後その場にしゃがみ込んで、彼らの足跡が残されていないかと目を皿のようにして見る。できるとは思っていなかったがやはり何もわからない。森を歩き慣れているシノならわずかな痕跡を見つけられるのだろうが、あいにくとおれは森には不慣れだし、それに加えて探偵でも鑑識でもなかった。
はぐれたから心配してるかな、森で遭難って思い返して見るとまあまあまずい状況だよなあ。でもクロエは最近よく服に守護をかけてくれているし、ファウストがくれたお守りもあるし、きっとそんなにひどいことにはならないだろう。ちょっとしたウォーキングぐらいの距離を歩いてからそう結論づけた。さて小休憩でも取ろうかとよっこらしょ、呑気にそこらの切り株に腰掛けると、突然背後から声をかけられた。
「賢者様」
「うわっ!」
飛び上がって振り返ると、見慣れた赤い癖毛の彼がいた。クロエだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、探しに来てくれたんだ」
うん、とクロエは頷いた。にこにこと笑っている表情はいつもの彼と変わらない。変わらないように見えるのだが。
「……」
「賢者様、こっちに来て」
「え、……ぁ、うん……」
くいと腕を引かれて歩き出したが、なんだか様子がおかしい。にこにこと笑っているだけで口数が極端に少ないし、握られている手も、こちらと視線が交わらない横顔も、違和感だらけだ。
「ねえ、きみ……」
「なあに?」
クロエじゃないでしょう。言いかけてやはり口を閉じた。振り返った瞳には、意地悪をしてやろうみたいな意図が全く見られなかったから。それにはぐれたと言っても共にきた魔法使いたちはそう遠くない場所にいるはずだし、無垢に見えるこの不思議のなにかに少しくらいなら付き合うくらいの時間はあるかなと思ったから。
それにおそらく害はないだろうという判断に至る根拠はあった。だってここシャーウッドの森だし。クロエとファウストの守護魔法があるし。きっとこの子に害意があれば、おれに触れた時点で魔法が発動しているはずだ。
仮面ちゃんって変化得意だったんだなあ、と思考を斜め上に飛ばしてしばらく、獣道に出た。遠くにはおれを呼ぶみんなの声が聞こえる。
「……案内してくれたの?」
訪ねてもその子は尚にこにことしているだけで肯定も否定もしない。やがて仲間たちの声が近づき、
「賢者様! やっと見つけたー!」
「クロエ、ごめん、ぼーっとしてた」
茂みからクロエが出てきた。彼にそう謝ると、握られていたあたたかい感触が消えおれの手が宙に浮く。
「また遊ぼうね」
くすくす、無邪気な笑い声が風に溶けていった。慌てて振り返ると、クロエに似たなにかの姿はどこにも見えなかった。
「……、ありがとねー!」
森の中の、自分でもわからないどこかに呼びかける。
「直隈、誰かと一緒にいたの?」
きょろきょろとクロエがおれの背後を探すけどやっぱり誰もいない。おれは頷いて、そして首を傾げた。
「……ここ、シノ以外にも優秀な森番がいるかも」
それからやっと気がついた、クロエが出てきた茂み。さっきみんなと別れるきっかけになった、不思議な形をした葉っぱと同じ種類の木だ。
2021/11/26