早朝は音が少ない。人々も自然も含めて、まだ活動している者があまりいないからだろう。きっと鍛錬に励む者はとっくに起きているのだろうけれど――ここ、少しの間だけ一角を借りたキッチンの主である料理人の彼も、手慣れた様子で昨晩仕込んでおいた材料に手を加えている。手伝おうかと申し出たもののまた今度頼むな、と相好を崩した彼にそれ以上言葉を重ねることはしなかった。彼がさりげなく送った視線で、俺と彼を気遣ってくれていることがわかったから。彼の繊細な気遣いに嬉しさと照れの両方を感じて、やや頬を赤くしたのはついさっきのことだ。
まだ少し残っている眠気に瞳をうるませて、ぼんやりしているうちにしゅうしゅう音を立てはじめたヤカンの火を止めた。ふたりぶんのマグカップの六分目までコーヒーを入れて、それから呪文を唱えてシュガーを少し。そして熱々のそこにミルクを加える。濃さが均一になるようスプーンでくるくるとかき回して、直隈がかけているテーブルに連れていく。
「ありがとう」
誰もいない食堂の特等席。ぼんやりと光が入る窓辺で、外を見ていた彼が俺に気付いて微笑んだ。早朝の直隈は、いつも通りの服装にいつも通りの態度に見えるけれど、時間帯もあって声を抑えようとするせいかどこか声色が穏やかだ。普段が荒々しいというわけでもないが、より印象が丸くなるというか。とにかく、その特別感がなんとなく好きだった。
「何見てたの?」
反対側に腰かけながら尋ねる。窓の外は少し通路があって、あとは魔法舎を隠すための森ぐらいしかないけれど。どこかに動物でもいたのだろうか。
「朝焼けみてた」
彼は自分の前に置かれたマグカップを両手で包んで指先を温める。彼の言葉につられて空を見ると、なるほど、紫から青に変わりつつある色が見えた。
「クロエがお湯を沸かしてる間はだいぶ赤かったんだけど。もうすっかり朝の色だね」
マグカップを持ち上げてこくりと飲んだ。ミルクを混ぜたから飲みやすい温度にはなっているはずだけれど。少しどきどきしていると、おいしい、そう言って彼が微笑んだ。ほっとした俺はうんと領く。
「砂糖はいってる、甘い」
「よかった。……俺も見たかったな、朝焼け」
笑い返してから、直隈が見ていたものを見逃したことがちょっとだけ惜しくなって呟いた。彼は俺の顔をまじまじと見つめて、それからにやっと笑って首を傾げる。
「うん? うん、綺麗だったよ。明日も早起きしよっか?」
「……うん、する」
明日も。こともなげにされた提案が嬉しくて、俺もカフェオレを一口飲んだ。
2022/01/05