咳をしたら二人


 深夜。草木も眠るなんとか時、ベッドに潜ってからずいぶん経ったおれは眠りにつけないまま起き上がることにした。
「げほっ……全く、寝れん……!! っ、こほっ……」
 たまにある「なんとなく寝られない」時とは違い、今日は眠れない明確な理由があった。数日前に病を得たのだがしかるべき治療を受けたため体調自体は順調に回復した。ここまではよかったのだが、咳だけがしつこく残ってしまった。息苦しさから眠ることも出来ずごろごろしてる内にこの時間で、もう今日は寝るのを諦めてしまおうか……と、訴え始めた喉の渇きを潤すためひとまず食堂へ向かう。
「けほっ、けほっ……あ゛ー……だめだこりゃ……っ」
「賢者様、つらそうだね」
 ランプは手にしているものの、ほぼ手探りで進む中、暗闇から声をかけられた。ぎょっとして声のした方を振り向くと、夜の帳を切り裂いて白スーツのオーエンが現れる。おれの驚いた顔をみてオーエンは満足げに口角を上げた。
「ふふ、かわいそうな賢者様。人間は弱いから、そうやって咳が続いたらちょっともしないうちに死んじゃうんだ。色んな人間や魔法使いの死に様を見てきた僕が言うんだから間違いないよ」
「……ごほっ、」
「はじめはみんな心配してくれるかな? でも治らないと見ると、次は遠巻きにし出すよ。治らない病なんて、みんな怖いに決まってる。そうやって賢者様はすぐひとりぼっちになるんだ。かわいそう」
「……っ、けほっ……」
 ランプを手近な場所に置いて、雪平鍋っぽいものを取り出す。他にも戸棚を覗いたりしてひとつひとつ材料を手に取った。
「……なあ、なんとか言えよ」
 咳をしながらもずっと無言でいるおれに痺れをきらしたオーエンがむっすりと言った。聞いてなかったわけじゃないんだけど、やっぱり聞かせるために喋ってるわけだから反応が欲しいらしい。彼を見上げて口を開き、息を吸ったところで――おれは盛大に咳き込んだ。
 オーエンから視線を外し鍋を置き、身体をくの字にして咳き込むおれにオーエンはちょっと引いたように距離をとる。オーエンが話しかけたからこうなってるのに、ちょっとひどくないかと思わなくもない。
 しばらく咳をしたまま何とかグラスに水を注いで一息つく。振り返るとまだオーエンがいたので、先に用意していたものを指さして短く彼に問うた。
「……はちみつミルク、飲む?」
「……飲む」
 朝までいてくれるかどうかはわからないけれど。しばらくは夜の静寂にひとりきりではないらしい。


2022/05/11