What's color?


「直隈、見て! 蕾!」
 クックロビンと依頼について話し合っていたとき、クロエがいつになくドタバタと扉を開いた。おれたちが仕事中であることに気が付いた彼は少し迷った表情を見せたものの、堪えきれないと言った様子で「お仕事中にごめんね……っ直隈、ちょっと時間ある……?」と控えめにしつつも興奮を抑えきれずに尋ねた。
 依頼についてとはいったものの急ぎではないし、ちょうど話もまとまったところだったのでどうしたのかと聞くと、彼はあれよと言う間に花壇の一角までおれの手を引き、ぽつりと膨らみかけたそれを指さした。
「わ……ほんとだ。……まだ何色かはわからないね」
「うん! どんな色になるのかなぁ……」
 鉢植えにある一株の薔薇。これは、今年のワルプルギスの夜の出店で買った薔薇の鉢植えだ。
 ハズレなしの魔法くじ。そんな看板に日本での夏祭りを思い出して懐かしくなったおれは、一緒に祭りを回っていたクロエとくじを引いた。一見普通の薔薇の鉢に見えるそれは毎年花の色が変わるという魔法植物の薔薇なようで、どのような色になるかは咲いてからのお楽しみらしい。
 せっかくだから育てよう、とクロエと話してからは交代で水や肥料をやりはじめてしばらく経ち、早くも小さな蕾が付いたのだった。
 クロエは尚もにこにこと嬉しいねえ楽しみだねえとしきりに呟いている。おれもそれにつられて笑い、ふかふかの土に目をやった。
「今日の水やりはこれから?」
「あっ……そうだった! 俺、水やりに来たんだった。直隈に早く知らせなくちゃって思って……うぅ、じょうろ持ってくるね!」
 照れ隠しに早口になった彼は、おれが何かを返す前に行ってしまった。水やりを忘れるくらい慌てて知らせてくれたことへの喜びを噛み締めつつ、瑞々しい緑のがくに包まれたふくらみを見やる。
「一体どんな花が咲くんだろうね、来年は……」
 そう言いかけて、口を閉じた。おれは来年の花が咲くまでここにいられるのだろうか。もしかしたら今年の花が、おれにとってのこの薔薇の象徴となるのかもしれない。
 鉢を、幹を、葉を順に眺めた。そしてまた蕾を眺める。おれがここからいなくなっても、この薔薇は育てられ続けるのだろうか。
 おれがここからいなくなったとき、クロエは……そう考えかけて、やっぱりやめた。
「……ふふ、あーあ」
 ため息なのか笑いなのか、自分でもわからない曖昧な息を吐いて薔薇の葉をやわく撫ぜる。
 また急ぎ気味の彼の足音が聞こえてくるまで、そっと目を伏せた。


2022/05/19
pict○○系列サービス合同企画「ローズフェスティバル2022」参加作品