だって俺だけの彼みたい


「ねえクロエ、ピアス開けてほしい」
 そう直隈にニードルが入ったケースを手渡された。突然のことにケースを見つめたままでいると、彼は髪をかき上げて耳をさらし示した。
「自分でやろうとしたんだけど、半端になっちゃって」
 話を聞くと、いくつか穴を追加で開けたくて買ったはいいけど、ひとつ目に成功して、じゃあふたつ目を開けようとしたところで失敗してしまったということだった。確かに、彼が示した場所にはほんの少しの傷跡が見えた。
「……ダメ、かな」
 自分のも開けたことがないのに、急に直隈のなんて開けられるだろうか。
 そう疑問に思うことはあったのに、俺は頷いてケースを受け取った。
「つけるピアスは、もうあるの?」
「ああ、えーと……」
 そう言って直隈は机に向かいかけて、やっぱりやめた。言葉を探すように視線を彷徨わせて、俺が首を傾げていると照れ混じりのにやっとした笑い方で、「どうせならクロエが選んでくれたのが付けたいな」って。
 勿論、いやとかダメなんて言うはずもなかった。
 後日。悩みに悩んで用意したのは、一見飾りボタンにも見えるピアス。小さなそれは、彼が今付けているピアスとも調和がとれるだろう。
 氷を用意して、開ける位置を確認して、消毒をして。その間に何度か手汗を拭った。
「……じゃあ、するよ?」
「……うん。……っ」
 まっすぐニードルを突き立てて、そのままの力で通す。わずかに直隈の肩が揺れたのと、いつも扱っている布や革とは違った感触に手が震えそうになるけれど、なんとか堪えて俺の選んだピアスを取り出した。
 ニードルを引き抜くと同時にピアスを通し、ネジを締める。俺が手を離して「出来たよ」と伝えると、彼は詰めていた息を吐きだした。
「はー……ありがとう、自分でやったときより全然痛くなかった! 上手いね、クロエ」
「そうなのかな……でも、少しでも痛くなかったならよかった。今になって手が震えてきちゃったよ……」
「ふふ……ね、クロエ、どう?」
 俺が開けたばかりのピアスを、彼は見せつけるようにして問うた。嬉しそうな彼の横顔と、そのピアスに俺はあまり覚えのない胸の中の、熱いような痛いようなざらつきにまごついて、それでも頷いた。
「……すごく、似合ってる。素敵だよ、直隈」
 彼はより笑みを深くした。いつもなら彼の満足げな笑みを見ると俺は更に嬉しくなって、もっとおしゃべりになるはずなのに。
 胸の熱さは余計に増すばかりだった。



2022/06/01