ふっと、意識が浮上した。とはいっても、覚醒にはいたらない夢心地の、波打ち際を漂っている感じ。
額や頬にくすぐったい感触がして身をよじると、そっと息を吐くように微笑まれたのが分かる。
――ああ、直隈がすぐ近くにいるんだ。
納得すると身体から力が抜けた。まだ触れられていたかったけれど、俺がむずがったからか顔に触れていた手が離れてしまう。眠いのがほとんどな頭の片隅で少し残念に思っていると、彼の手は俺の背中に移動していた。そして一定の間隔で柔らかく叩いていく。ぽん、ぽん、と、歩くよりもゆっくりしたテンポは俺を落ち着かせようとしているみたいだ。
だからか、思い出したことがある。そういえば、少し前にアーサーと直隈が話していたっけ。
「幼い頃にオズ様が、つい暖炉の前でまどろんでしまった私を寝室まで運んでくださったのです」
「そういう時って運ばれてる途中で起きても、嬉しくてそのまま寝たふりしちゃうんだよね」
「ふふ……はい。お恥ずかしながら。そうして、布団をかけてくださったあたりで、ついいつも笑ってしまうんです」
「あはは、顔がにやけてるよってバレちゃったりね」
談話室で話しているのが聞こえて。俺も二人の会話に入っていけばよかったかなって思うんだけど、なんとなく入りずらくって。
あの時二人が話していたのって、たぶん、きっと。こういうことなんだろうな。
俺はたしか、直隈が賢者の書を書いているのを待っている間に、ベッドの上で眠ってしまったはずだ。自分で被った覚えのない毛布の感触が、彼の手を通して伝わってくる。ぽん、ぽん、ずっと一定で心地よいリズムは、眠気の波となって俺を誘った。
彼の言葉は話しかけているのではなく、おまじないをかけるときのような囁きだった。
「おやすみ、クロエ。ぐっすり眠ってね」
そう聞こえるかどうかの内に、俺はまた深い眠りへと潜っていった。
2022/06/02