「……恋バナ、ってさぁ……そんなにしょっちゅうやってるもんなの?」
バーへと訪れたにしては浮かない顔をしていた直隈が、やっとグラスの半分まで中身を減らしたところでマスターに尋ねた。アルコールの邪魔にはならない、落ち着いた香りの煙をくゆらせていたシャイロックは片眉を上げて。眺めていたボトルから直隈へと視線を移す。
「しょっちゅう……ですか。私たちの話題はよく変わりますから、頻度で表すことは難しいですが……多いと言えば多いし、少ないと言えば少ないですね」
そう微笑むと、直隈は調理不足のサンダースパイスを齧ったような顔をした。
「クロエから何か聞いたんですか?」
「ううん、又聞きっていうか……西の授業がよくお茶会になるってのは知ってたけど、今回の恋バナはどういう内容だった、っていうのを……聞いたという話を聞きまして……」
視線をうろつかせて彼は呟くように言った。グラスを握る指に力が入り、結露が彼の指を冷やしていく。ううん、しばらく唸るように首を傾げてから、意を決してシャイロックに問いかけた。
「なんていうか、こういうこと聞くのって自惚れてるみたいで恥ずかしいんだけど……クロエって、おれの話よくするの?」
シャイロックは合点がいった。つまるところ、クロエが「恋バナ」で話題にした直隈との話がどこまでのものなのか気になって、もしたくさん話しているならそれは二人の間に留めておいて欲しい、と思っているのだろう。かといってクロエ本人にもどう聞けばいいかわからずに、まずはこのバーを訪ねたと。アルコールのせいだけではない彼の頬の赤みをいじらしく感じて店主は笑みを深めた。そしてこういうときに真っ先に頼られるというのは、美酒にも勝る心地よい酩酊感をもたらすものだ。
「そうですね。クロエはよく、賢者様とのお話を私たちに聞かせてくれます」
肯定して、さて。彼にどれだけのことを伝えようかとパイプを咥える。クロエは直隈の話を沢山する、それは間違いない。しかし話を聞いたシャイロックには思い出されることがあった。
クロエは以前、恋バナに花が咲くなか不意に語るのをやめて、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。どうしたのかと聞くと彼はそのまま笑みを深めたのだ。
「ふふ、やっぱり内緒!」
シャイロックとて伊達に長くは生きてない。同じく長生きのムル、ラスティカと目を合わせて、彼が笑みに隠したものを知りつつそれ以上は何も聞かず、若人たちの仲を見守ることにした。
あの出来事をそのまま伝えるのがよいだろうか。それとも、ヒントだけを伝える方がよいだろうか。焦らされているような直隈の視線を微笑みで受け止めながら、また煙をくゆらせた。
2022/06/10