同じ魔法は使えないけど


「クロエの名前? 日本語で?」
 うん、と彼は頷いた。
「あの、手紙みたいにちゃんとしたやつじゃなくて、たまに渡してくれるメモ書きくらいな感じで書いてほしくて……」
 頬を上気させながら語る彼の表情には、期待と共に少しの不安が見え隠れしている。特に断る理由もないしそんなに緊張しなくてもいいのにな、と思いながらメモ帳を一枚めくり「クロエ・コリンズ」とカタカナで書き記した。その5センチ四方の紙を渡せば、彼はまるで花束を受け取ったような顔で笑う。そのままメモ用紙を机に置き彼は呪文を唱えた。
「直隈、見てて! <スイスピシーボ・ヴォイティンゴーク>!」
 すると、先ほどおれが書いたばかりの紙から文字が浮き上がり、一筆ずつ書いたとおりに筆跡が再現される。
「た、タイムラプスの魔法……?」
「今日の授業の先生はムルだったんだけど、ものの記憶を見る魔法のひとつとして教えてもらったんだ。形はもう覚えちゃったけど、どうやって書いてるかも折角だから覚えてたいなって思って」
「なるほど。……まって、やり直しさせて」
「え? どうして?」
「ほんとにメモするときの字になっちゃったから、綺麗に書き直しさせて……」
「綺麗だと思うけどな?」
「お、おれの字しか知らないからそんなことが言えるんだよ……」
「……そう? 直隈の書く直隈の国の文字、俺、好きだよ」
「……う、ウーン……」
 とはいえやっぱり繰り返し見られることを考えると拙いので、照れと羞恥心を誤魔化しつつ書き直すこと数度。やっと納得のいく一枚をクロエに渡すと、彼はやっぱり花束を受け取ったような満面の笑みを浮かべる。むず痒さを感じながらも決して悪い気はしないし、いつもながらに全力のハグはやっぱり嬉しい。
「ありがとう直隈、どれもちゃんと大切にするからね!」
 そう言って満足げに去っていったクロエを見送り、一人になった自室にも関わらず照れ隠しに顔を伏せると、メモ書きが書き損じの分まで無くなっていることに気が付いた。
 数秒考えて、先ほどのクロエの言葉とを総合して結論が出た。しれっとすべて持ち帰ったクロエに対して「はあ?!」とつい叫んでしまったが、誰に聞かれるでもなく自室に空しく響くだけだ。
 最初のしおらしさはなんだったのかとか、油断も隙もないな……と思いつつ、回収しに向かうべきかと考えて。でもあんなに気に入ってくれてたんだしな……とも、いややっぱり恥ずかしいしな……とも。同時に様々な感情が浮かんだ。少し考えて、きっと自室に戻ったのだろうとあたりをつけて立ち上がる。
「……おれの名前くらい、リクエストしても許されるよな?」



2022/06/15