鏡にうつった自分をじっと見つめる。左目の泣きぼくろと赤い癖毛は生まれたときからのものだけど、顔つきそのものに変化が無くなったとようやく気が付いたのはここ数十年のことだ。
横髪を耳にかけて、ちょいと耳たぶを引っ張ってみる。左右を交互に見てから幾度となく唱えてきた呪文を呟けば、少しの痛みと熱を感じたそこには小さな石のピアスが収まっていた。
「――…、」
ふっと、おかしくなって息を吐くように笑う。やっぱりやめようともう一度呪文を唱えて……唱えている途中で心変わりをして、鏡を見た。片方の耳は傷一つ無くなり、そこにあったはずのピアスは俺の手の中に納まった。心変わりをしたせいで中途半端に魔法がかかったもう片方の耳は痛みが強くなっていたけれど、さしたる問題ではない。
もう一度鏡にうつった自分を見つめる。さっきよりはしっくりくる。かつて共にいたあのひとは、片耳にしかピアスをしていなかった。
彼がこの世界からいなくなって、百年が過ぎた。別れの時は突然でろくに会話も交わせなくて、なのに彼がいた痕跡はそこらじゅうにあった。彼や仲間たちの活躍あって世界は救われた。けれど救われた世界には彼だけがいない。師匠と再び旅に出ても、自分の店を持ってからも雑踏の中に彼がいないかとつい探して、その度に落胆してきた。
彼は人間だ。魔法使いとは違い、長くてもおおよそ百年の寿命で、その年数がたつまではせめてとわかっていた結論をだましだまし引き延ばしてきたけれど、結局彼がいないことを認めるまでそれ以上の時間がかかってしまった。
否、もしかするといまだに認められていないのかもしれない。だって、ついさっきから俺の耳で輝き始めたピアスは、大好きなオシャレとは別の理由があってそこに納まっている。
彼はここにはいない。異世界へ扉を繋ぐこともできない。世界が救われた今、異世界から人間を呼び出すこともない。いつか別れることは出会った時からわかっていた。その上で彼を好きになって、それでも諦めることはできなかった。
階下から時計の時報が聞こえる。ああそうだ、この時計だって、彼が百年前に時計屋の前で足を止めて「メロディが好きだ」と言っていたのと同じ曲のものを選んだのだ。暫くぶりに百年前を思い出して、そして忘れてしまっていたことを思い知って視界が歪む。
――開店準備をしなければ。
いい加減鏡台から離れようとした時、ぽたりと滴が手の甲に落ちてきた。
「……大丈夫、大丈夫だよ」
呪文のように繰り返して目元を拭う。再び鏡にうつった自分を見つめて、にこりと笑ってみせた。少し目元が赤いけれど、大丈夫、きっといつも通り笑えている。きっと、
2022/06/16