魔法舎の敷地内。中庭からは少し離れた、この時間帯はちょうど木陰になる場所のベンチで直隈は本を片手に宙を見つめていた。
崩した姿勢でたまに首を傾けて、もうしばらくすると頷くように瞬きをする。
(……もしかして、寝そう?)
今日はよく晴れていて温かいし、ほどよく風も吹いているから絶好のお昼寝日和だ。彼が様々な場所で居眠りをしているのは知っているしつい眠ってしまいそうな好条件なのはわかるけれど、さすがに外で眠るのは風邪を引いてしまわないか心配だ。彼を起こそうか、それともブランケットだけかけて立ち去るかを考えて一歩進んだところで、彼がくしゃみをした。
その拍子に目が覚めたらしい。持っていたままの本を隣に置いて、伸びをしようとしたところで俺と目が合った。
「……見てた?」
気恥ずかしそうに彼は笑った。否定しようにも無理があるからうなずいて、隣いい? そう問いかける前に場所を開けてくれた彼の横に収まった。
「本、読みながら眠くなっちゃったの?」
「うーん、読み終わって、色々考えてたらいつのまにか夢を見かけてた……みたいな」
「なにそれ?」
くすくす笑いながらどんな話だったのと尋ねると、彼は本の表紙をなぞりながら「ある日突然、言葉もわからない、常識も通じない世界に来ちゃった主人公が頑張る話」と簡潔に答える。そしてなにか続きを言おうと口を開いて、ちょっと考えてからまた閉じた。懐からメモ帳とペンを取り出し、「何か」を書いて俺に向ける。それは「何か」としか言いようがなかった。間違えたスペルを塗りつぶしたような、ぐちゃぐちゃと塗りつぶされたそれ。困惑して直隈の表情を伺うけれど、彼はまっすぐにこちらを見つめるだけだ。もう一度書かれたものをみる。やっぱりわからない。返答に窮した俺は素直に尋ねることにした。
「……ええと、これは、なあに?」
「……おお」
すると彼は感心したように小さくつぶやくと、すぐにごめんと謝りメモをしまった。なんでもあの「何か」は彼が読んでいた本に出てくるもののようで、言葉の通じない主人公が編み出した打開策らしい。
「その世界の人に見せると、クロエと同じように「これは何?」って聞かれて、主人公はその言葉を引っかかりにまずは物の名前から覚えることにしたんだ」
「ああ……そっか。言葉が通じないと、尋ねることもできないから」
うん、直隈は頷いた。
「だから、おれももし言葉が通じなくなったら真似しよ〜って思って。今クロエが実証してくれたし」
軽い感じで言う直隈にそっかあ、と流しかけて、えっ? 素っ頓狂な声が出た。
「言葉が通じなくなる予定が……?」
「いや、あってほしくもないんだけど」
「じゃあ、なんで……?」
まさかそんなことを考えてたなんて知らなくて、言葉を探すうちに手が泳いだ。絶句してる間に直隈も目を泳がせて、あの〜……と考えながらまた口を開く。
「言葉は通じるし文字も読める、とか、言葉もわからないし文字も読めない、ならまだわかるんだけど、言葉はわかるけど文字はわからない、って状況はやっぱおかしいよな〜って……? 思って……? 今すぐ起こりうることではないかもしれないけど、可能性としてはあるかもな〜やだな〜みたいな……?」
「……はー……そっかあ……」
頷いて、改めて考えてみる。ある日突然直隈と言葉が通じなくなったら。すごく困るだろうししばらくは意思疎通もままならないかもしれない。もし同意を得られたとして、読心魔法を使った場合、言葉はどうなるんだろう? それから、
「俺でも直隈の国の言葉、覚えられるかな……」
「あ、そっち?」
素朴な疑問だったんだけど、直隈は可笑しそうに笑った。
2022/06/17