それはベルベットのような


 薔薇が咲いた。今年のワルプルギスの夜の出店で当たった魔法植物で、毎年咲く色が変わるという魔法の薔薇だ。
「白……と思いきやのピンク」
「グラデーションもかわいいね」
 蕾が出たときもいの一番に知らせてくれたクロエがにこにこと笑いながら、枝きり鋏でパチンと切った。そうして匂いをかいで、おれに差し出しまたほほ笑む。
「いい匂い」
 受け取ってピンクの色が濃い中心部に鼻を寄せた。すん、鼻を鳴らすとかすかな甘い香りが漂ってくる。
「ほんとだ。なんとなく、薔薇って匂いが強いものだと思ってたけど」
「薔薇のジャムとか、お風呂にもいれたりするし……匂いのイメージが強いよね」
 もう一輪ぶんパチンと切る。まだいくつも咲いていたけれど、クロエはそちらには手を出さずに「今日はこれだけにしよう」と立ち上がった。
 手元でくるくると薔薇を回す。淡く色づいた花は柔らかではかなげな印象だ。そういえば花びらってさらさらしっとりしてて、触り心地いいんだよな、なんて、かつて育てた朝顔を思い出していた。
 おれはそれをしばらく眺めて。
「……直隈、お腹空いてたの……?」
 鼻先にあった薔薇にそのまま唇で触れると、しばらくまじまじ見られた後、そう聞かれてしまった。
「……いや、これは、食べてるんじゃなくて……っていうか今のこれって、自分で言うのもなんだけど薔薇にキスしてる構図じゃない?? 食べてるとかあんまり考えないんじゃない??」
「だって直隈、キラキラしてるボタンとか見るとよく美味しそうって言ってるから……」
 ぐうの音もでない。そりゃそうだ、おれには耽美でオシャレなエフェクトなんてかかるはずがないのだ。あるとすれば食欲の湧く、香ばしかったり甘かったりする匂いなのだ。
「……部屋に飾ろうと思ってたけど、そんなに言うならやっぱり食べちゃおうかな……」
「ええ〜?」
 わざとらしく拗ねたように言うと、クロエはくすくす笑いながら彼の分の薔薇をこちらに差し出した。
「じゃあ俺のも、食べちゃう?」
「……」
 かすかな香りをかげる位置。ぱくっ、おれはクロエの薔薇を食べてしまうフリをして、クロエの腕に手を絡ませた。暑くなってきたからそろそろ屋根の下に入ろうと誘う。
「もうちょっといっぱい咲いてから食べよ、ジャムもいいし、ローズティーとか」
「うん! たくさん咲くといいね」
 来年の花の色はわからないけれど、今年の花もまだ見切れていない間から気にするのは早すぎる。彼の手に指を絡めると彼は嬉しそうに目を合わせて、しっかりと握り返してくれた。


2022/06/20