濡月


 ――目が覚めたら、泣いていた。
 ここは……俺の部屋だ。ああそうだ。今日は直隈と一緒にベッドに入って、そのまま眠って……いたはずなのに、俺の頬はどうして濡れているんだろう。カーテンの隙間からは月明かりが差しているけれど、まだまだ暗い時間は続いている。すやすや寝息を立てて眠る直隈を起こしてはいけないと深呼吸しようとして、うまくいかなかった。しゃくりあげる音はパジャマで口元を押さえても彼に聞こえてしまったようで寝返りとも身じろぎともつかない動きの後、たっぷり眠たそうな掠れた声で彼は俺に手を伸ばして、濡れた頬を指先でなぞる。
「――クロ、エ?」
「っ……ご、ごめんね、起こしちゃった……」
「んー……」
 少し低く唸ったけれど、俺に怒っている雰囲気ではない。彼は身体を起こして――気にしないでって、寝ていてと静止しようとしたけれどまたしゃくり上げたせいで間に合わなかった――俺を抱きしめた。幼い子供にするみたいに背中を優しく叩いて、でもやっぱり眠いのか肩口に額を押し付けて、体重の多くを俺に預けている。甘えさせてくれているのに頼られているのがひどくあべこべでおかしな感覚だ。それでも薄いパジャマ越しに伝わる熱が心地よくて、縋り付くみたいに彼の背中に腕を回した。
「怖い夢、みた?」
「……うう、ん、思い出せなくって、なんでか、わかんなくて」
「そっか、……」
 しゃくりあげる俺の背中を叩いたまま、もう片方の手で髪に指を通すように頭を撫でられる。そのまま彼の肩口に俺の頭がもたれるように誘導されて、直隈のパジャマが濡れちゃうなって思いつつも誘われるままに彼に身を委ねた。

 次に目が覚めた時は、日はもう高く昇っていた。隣には彼がすやすやと眠っていて、ぼんやりと覚えている夜中のことを思い出して恥ずかしくなって、でも目は痛くないしもしかしてただの夢なんじゃないかと首を傾げはじめたころ。
 間近でじたばたしていたせいで至極眠たげに目を開いた直隈が、俺の頬に指を伸ばして……乾いたままの指先で頭を撫で、そのまま目を閉じた。
 やっぱり夢じゃないと確信した俺は、この気恥ずかしさをどう隠してまた寝入りはじめた直隈を起こしたらいいのか考え込む羽目になってしまった。
 彼と朝食を共にするのは、もう少し時間が必要そうだ。


2022/09/11