乾いた唇はすぐに湿った


 窓辺から朝日が差し込み、涼やかな鳥のさえずりが聞こえてくる。ぱちりと目が覚めたおれはゆっくり伸びをして、時計を確認すればいつも起きる時間の約三十分前。もう一度眠ったら寝過ごしてしまいそうだし、かといって頬を撫でる空気はいつもより冷たくて、布団から這い出るのはなかなか骨が折れるだろう。
 いつもおれより早起きなクロエはというと、寝返りを打った先にすやすや寝入っていた。夜はともかく、朝、彼が眠っているのを見るのは珍しいなとそのままぼんやり眺めた。 閉じられたまぶたは赤いまつ毛にふちどられており、少し外れた場所にはちいさな泣きぼくろがある。すっかり間近で見るのも慣れたはずのそれらは、シチュエーションが違うだけで随分印象が変わるように感じた。
 枕を手繰り寄せて、改めて横になったまま彼の寝顔を眺める。顔にかかった髪をよけるとくすぐったそうに身じろいだ彼を見てついいたずらしたくなってしまった。どうせもうすぐ起こすんだし、なんて言い訳がましい理屈を考えながらもぞもぞと動く。
 頬をつついてみたり、布団の中の手を握ってみたり。することといえばその位だけれど、する側に回ってみると西の魔法使いたちのいたずら好きもよく理解できる気がした。とても楽しい。一晩布団の中にあった彼の手は外で繋ぐ時と違いほかほかだし、おまけに頬はやわらかくてすべすべだ。
 枕から乗り出してより身体を密着させてみたり、とにかくたくさん彼に触れていくと、やがて彼のまつ毛と口元が不自然に震えたことに気が付いた。
 おや、と思ったおれは声をひそめて彼を呼ぶ。
「……クロエ」
 すり、と彼の頬を撫でた。そして、
「クロエ。今起きたら、ちゅーしてあげる」
 なんて調子に乗ったことを言ってみる。 少し乾いた彼の唇を指の腹でなぞれば、唇のかすかな震えと共に彼と目があった。
「っふ、ふふ……」
「……笑わないで……」
 寝起き直後の掠れた声で彼は布団を手繰り寄せ目元まで覆ってしまった。ごめんごめんとまだ笑いが収まらないまま布団ごと彼を抱きしめて、かろうじて出ているおでこを撫でる。
「いじわるだ……」
「クロエ、おはよう」
「……おはよう、すぐま……」
 もにょもにょと発音が曖昧なのは、寝起きのせいかかそれとも気恥ずかしさがあるからか。彼の額に何度かキスしていると、やがて顔を出したクロエが笑みに潤んだ瞳でおれにねだった。
「ねぇ直隈、こっちも、」


2022/11/18