いぬった2

 犬になった直隈はモテモテだ。シノやミチルたちと森までいい感じの棒を探しに行ったり、ネロにおやつをねだったり。果てにはオーエンと仲良くお喋り(!)しているのも見かけた。
 彼が大きな犬の姿になってから数日が経ったけれど、俺たちは結局なぜ彼が犬になっているのか、いつになったら犬の姿から戻るのかはよくわかっていない。念のため見てもらったけど俺が感じた通り魔法の痕跡は一切ないし、フィガロは「俺たちに猫周期があるのと比較して賢者様は無いみたいだから、もしかしたら代わりに犬になっちゃうのかもね」と言っていたけれど。ということはもうしばらく続くんだろうか。
 もう少し気ままに振る舞う犬の直隈と過ごしたい気もするし、そろそろ人間の直隈とお喋りしたい気もする。どちらにしても直隈が過ごしやすければいいんだけれど。そう考えながら歩いていると、木陰でレノックスと羊たちと、そしていましがた思い浮かべていた直隈が丸くなって寝ころがっているのを見つけた。レノックスが直隈を撫でているのかと思ったけれど、どうやら違うみたいで。
「レノックス、こんにちは」
「クロエ。こんにちは」
「それは……ブラッシング?」
 俺がレノックスの手にしているものを指して尋ねると彼は頷いた。俺たちが会話をしている間も、直隈は耳を少しだけ浮かせたまま相変わらず寝そべっている。撫でるように梳いていたそれを彼は俺に手渡した。
「クロエもやってみるか?」
「えっ、お、俺? 出来るかな……」
「優しく梳けば大丈夫だ」
「そうかな、ええと……す、直隈? レノックスじゃなくて俺が、ブラッシングしてもいい?」
 そう尋ねると彼は寝そべっていた身体を反転させて、ごろんとお腹を見せてきた。わふ、小さく鳴いて肯定の意を示す。なるべく痛くないようゆっくりとブラシを通していると、彼は身体全体を押し付けるように俺へもたれかかってきた。
「わっ、どうしたの? 痛かった?」
「もう少し強くてもいいんじゃないか」
 こう、レノックスがレクチャーしてくれるのに合わせて少し力を入れてみる。するとゆったりと左右に振られていた尻尾の動きが少し早くなった。
「そっか、これくらいがいいんだ。……レノックス、慣れてるんだね」
「ああ、羊の世話をするのに、犬と暮らしていた頃もあったから」
 時たまとれた毛を回収しながら繰り返しブラシを通していく。お腹だけじゃなく、背中や足などいろんな箇所をブラッシングする間にも遊びのつもりなのか、彼はブラシを持つ俺の手に顎を乗せたりしていた。
 この姿を見ていると、普段直隈があれだけ犬に対して傾倒しているのがなぜなのかよく分かる気がする。今まさに、俺の目の前にいるのが直隈なんだけど……。
「うぅ、かわいい……」
 もこもこに手を浸しながら何度目かのつぶやきをこぼすと、首だけ起こした直隈がぺろりと俺の顔を舐めた。くすぐったさに思わず笑みがこぼれてしまう。
「っふ、ふふ……くすぐったいよ、すぐま」
 ふと、背後の笑う声でレノックスがすぐ後ろにいることを思い出した、はっとした頭で、あんまりイチャイチャしたらレノックスに悪いかなとか、後から直隈が思い出した時恥ずかしくなっちゃうかも……?! と考えて、でもその反面犬の姿なんだし、直隈からやってることならセーフかも……?! と反対の考えも浮かぶ。
 どうするのが正解なんだろう?! ついブラッシングの手が止まる。そして直隈が鼻先で催促するのと、レノックスが羊たちを呼んだのはほぼ同時だった。
「あとは任せても大丈夫か?」
「えっ?! うん、大丈夫! ……あっ、ブラシは……」
「賢者様も気に入ってるみたいだし、戻るまではクロエが持っていてくれて構わない」
 彼はそう微笑んで羊たちと共に去って行った。……気を、使ってくれたんだよね。夢中になりすぎちゃったなあと反省していると直隈がレノックスたちにわんと吠えて。それから彼はマイペースにも、またブラッシングの続きを催促するのだった。


2023/01/18