ベッドに座り本を眺めていると、後ろから抱きつくようにしてクロエが擦り寄ってきた。甘えたい気分なんだろうなぁと深く考えず、お腹に回された腕を軽くぽんぽん叩く。すると彼はおれの耳元に唇を寄せて囁いた。
「……ね、すぐま、」
耳にじかにかかる吐息といつもよりいくらか低い声にぞわ、と甘美な痺れが走る。何でもないようになぁにと返したけれど、彼の返答を待っている間も絶えず呼吸が細かに耳に当たる。ぞわぞわが止まらない。
すると彼は知ってか知らずか、ふーっ、とおれの耳に息を吹きかける。
「?! っな、く、クロエ……?!」
さっきよりも決定的なぞくぞく感に襲われて思わず腰を浮かしたけれど、クロエに抱きしめられているからそれも叶わない。それに、塞いだ耳も優しく手を取られてしまった。
「ふさいだら、ダメ。直隈」
「だ、だめって……ぅひ、……あっ……」
「……ふふ、」
クロエの笑う声にすら反応してしまう。揶揄われているのはわかるけれど、どこでこんなやり方を覚えてきたんだ。彼の吐息ひとつにも過剰に反応するおれを眺めて彼はまた囁いた。
「……直隈、やっぱり耳、弱いんだ……」
あ、ダメなやつだ、これ。バレてるし、おれがダメになっちゃうやつ。そう直感的に理解したけどもちろんクロエがやめてくれるはずもなく、しかも彼の行動はからかいではなく本気でおれをダメにしようとしているのだとわかってしまった。彼はおれがどんな声を上げても甘く囁いて、吐息を吹きかけて柔らかく食んで、はたまた耳のふちを舐めて。とにかく思いつく限りのことをおれにした。どうしてと聞くことも碌な抵抗もできずに、おれはただただ彼に蕩かされることしかできない。
わずかな抵抗の証として身体をずらせば容易にバランスを崩してしまって、今度はクロエに覆い被さられて余計に逃げ道を失う結果にしかならなかった。
「……すぐま、かわいい」
口の端から垂れた唾液を舌ですくい上げて彼はまたそう繰り返す。視線を彼に向けるが、滲む視界ではただ彼が目の前にいることしか分からなくて。やがてぽろりとこぼれたものも唾液と同じく彼は舐め取ってしまった。
「……、っは、ぁ……くろえ、も、むりぃ……」
へろへろの声でそう伝える。いつもはおれが気付かなかったところにまで気を回しているくらいなのに、なぜか今回ばかりは許してくれない。たっぷり甘やかす時の声色で「まぁだ。ダメだよ」、そうゆっくり囁かれれば、おれは気持ちよさと羞恥と混乱でぐちゃくちゃになってしまう。
しまいにはかわいい、とか、大好きとか、しきりに囁かれるようになってしまった。これ以上おれをぐずぐずにして彼はどうするつもりなんだろう。おれの涙も唾液も、時には吐息さえも彼はさらっていってしまう。おれが彼に許されるのはきっと、まだずっと先のことだ。
2023/01/19