「……んだそれ、呪いの歌かなんかか?」
「……〜……、んぁ?」
キッチンで洗い物をしている最中、ブラッドリーが藪から棒に聞いてきた。振り返ると彼は焼きたて熱々のクッキーを見て「菓子かよ」と文句を言いながら一枚つまむ。こらこら、文句を言うなら食べるんじゃない。ていうか火傷はしないんだろうか。
「なに? 呪いの歌って」
「てめぇが歌ってた曲」
「……あ? 歌ってた? ……歌ってたかも」
「おい。信憑性帯びてきたじゃねーか」
「いや歌おうと思って歌うことないじゃん……」
調理に使ったボウルや泡立て器を洗いながら答える。歌ってたことはかろうじて覚えているけれど、何の曲を歌っていたかは全く思い出せない。ブラッドリーが呪いの歌と形容するくらいだから歌詞がおどろおどろしいとか、たぶんそういう方向性だとは思うんだけど。
「どんな歌だった?」
「どんな……あー、そんな覚えてねえよ。殺すとか物騒なこと言ってたが」
「……該当曲が多すぎる……もうちょいヒント!」
「なんで俺が知らねえ曲のクイズ出さなきゃならねえんだ!」
とはいいつつ思い出そうとしてくれるところがブラッドリーのいいところだと思う。
「……汚したとか、……そういや、君がかわいいとかどうとかも言ってたような……?」
そう聞いてはっとした。ボーカル担当が全てを担っているえあばんどのアー写が脳裏に浮かぶ。
「……元カレ殺ス!」
「は?」
「いや曲! 元カレ殺スって曲! は〜? ヤバすぎるな、聞いてたのブラッドリーで助かった」
おれはスッキリしたけれどブラッドリーはほー、とあんまり興味なさげに返事だけして、次々にクッキーを口に放り込み新たな要求を口にした。
「そうかよ。なら次はフライドチキンでも用意しとけ」
「……それは……どうでしょうね……」
「なんだ? 報酬と頭がしっかりしねえと下のモンは付いてこねえぞ」
「……ごめん、なんの話?」
「元カレ殺しに行く話」
「……だっ、誰のだよ!」
曲の話だけど? とか殺しにいかないよとか、他にいくらでもツッコミどころはあったはずなのに謎なところを突っ込んでしまった。泡を洗い流して振り向くと、クッキーはもうほとんど残っていなかった。勝負をしていたわけではないけれどどこか負けた気分になりながらため息をつく。
しかしブラッドリーは何も言わず意味深ににやりと笑う。だからおれは落ち着くためにすぅー……と深く息を吸った。いま、たぶんおれ、煽られてる。
「……ブラッドリーくん、おれが殺しに行くって言ったら、着いてきてくれるってこと……?」
「条件次第ではアリだな。それと、あくまでもてめぇが主体の場合に限る」
「はあ、それは……心強いことで……」
この会話どう収集つけたらいいんだろう。困っているとネロが気まずそうにひょっこりと顔を出した。
「……なあ、さっきからなんの話してるんだ?」
「元カレ殺しに行く話」
明らかに誤解しか生まない文面だ。ちょっと、そうおれが静止するよりも先に、ネロが言いづらそうにこちらを向いた。
「……賢者さん、流石に殺人はやめといた方がいいぜ……」
「ほらほら勘違いされてるじゃんか!」
「半殺しくらいに留められるなら、夜中家の鍵を開けるくらい手伝えるけど……」
「共犯者が多すぎるよ〜」
2023/01/20