「クロエ、元気なくない?」
直隈が顔を覗き込み率直に尋ねてきた。何でもないよと即答できれば良かったんだけど、突然のことに首を振ることもできなくて俺は俯いた。
「……うん、具体的に何が、ってわけじゃないんだけどね」
「そういう気分?」
「そうかも」
彼の言い方がちょっと面白くて口角が上がったけれど、きっと下手くそな笑い方しかできていないだろう。
そんな俺を彼はじっと見つめて、それから首を傾げた。
「気分転換に散歩でも行く? それとも、今は一人でいる方が気楽?」
「――…」
彼は普段から察することは苦手だから口に出して欲しいと主張している。それは付き合い始める時に決めたルールについてだけじゃなくて、みんなにも同じように言っている。だから例に漏れず、彼は俺に尋ねてくれているのだ。少し考えて、俺はゆっくりと横に振った。
「……俺は大丈夫だよ。だから、直隈は好きなことしてて」
「……」
彼は黙ってしまった。すると、ただでさえ暗い思考に陥っている俺はたちまち不安に襲われる。もう少し別の言い方があったかもしれない、せっかく心配してくれたのに怒らせてしまったかな。そう内心で後悔していると、彼は困ったように、笑ったような短い息を吐いた。
「……正直だなぁ、クロエは」
彼の言葉の真意が分からず顔を上げると彼は面白がるような、けれど切なそうな顔をしていて。俺の頬を指先でくすぐった。
「寂しそうな顔してる」
「え……わ、わぁっ」
そのまま髪をくしゃくしゃに撫で回す。俺が驚いて声を上げると彼は今度こそ愉快そうに笑った。そして律儀なのか何なのか、乱れた髪を整え直す。
「隠せないくらい元気ないかぁ、そうかあ」
髪のひと束ずつをつまんでは流す。そんな彼に言い当てられてドキリとした。けれどすぐ整え終えた彼は何かいう間もないうちに俺の隣へ座り肩を抱いた。それは恋人というよりは、友達にするような慰め方のようにも感じる。
「じゃあクロエの言うとおり、おれは好きなことしてようかな」
そう言うと二人分の温かい紅茶を入れて、彼は俺の近くで書き物を始めた。
少し悩んでは手を進めて、たまに俺に文字について尋ねてくる。そうしていると、一人でいた時には次々浮かんできた悪い考えがあまり浮かぶ暇のないことに気が付いた。彼と話している時間よりも黙っている時間の方がずっと長いはずなのにどうしてだろう。
羊皮紙の上を滑るペンの音を聞きながら、あんまり飲む気になれず机に置いたままだったカップを持ち上げる。時間を置いた後のそれは俺の指先と同じくらいか、かろうじて少し高いくらいだったけれど。紅茶は冷めても美味しかった。
2023/01/24