赤い君には赤い飾りがよく似合う、とは言ったって!


 次のえっちのとき何をしたい、みたいな話は、俺からも直隈からもちょいちょいする。おもちゃとか体位とかほんとになんでもあるんだけど、だいたいは次回叶えられる。たまに忘れて更に次のえっちのときに持ち越したり、逆にえっちの最中に思いついてその場で試してみたり、とか。
 だからそういう話をすること自体は珍しくないんだけど、彼は、頬をうっすら赤くさせながら言いづらそうに「お願いがあるんだけど」、と前置きをして少し黙った。俺は首を傾げながらも続きを待っているとやがて彼はおずおずと口を開く。
「ええと、もし嫌とか、気が乗らないんだったら断ってくれていいんだけど」
「うん?」
 それも共有されて久しいルールだった。それだけ大きなお願いなんだろうか。今から何を言われるのかドキドキしていると、彼が頼んできたのは意外なことだった。
「以前、栄光の街に、お祭りの手伝いをしにいったことがあったでしょ? ほら、ルークさんの告白を手伝ったときの」
 彼の言葉にこくりと頷く。あのお祭りのことはよく覚えている。それが今回の話とどう関係してくるのだろう。
「それで……えーと、その時に着てた服で、……えっちを……したいんですけど……」
「……それだけ?」
「そ……それだけ。あっ、服はちゃんと洗うので!」
「いいよ」
「ほんと?!」
 勢いに少しだけ気圧されてしまった。でもよくよく考えると、直隈はあの服を気に入ってたみたいでいつも以上に褒めてくれていたし合点がいく。
「うん、直隈はどうして嫌がるかもって思ったの?」
「え……その、普通のお祭りの服として作ったのに、変なこと考えてるって思われるかもって……」
 確かにそういう目的で作ったわけではないし肌の露出が多いわけでもないけど。つまりは恋人を魅了できたということで……。具体的にどこのデザインが直隈のツボに入ったのかを考えながら、俺は次の夜を待ち遠しく思うのだった。

 そしてついにその日がやってきた。ノックの音に扉を開けると、俺の服を見て早速顔を赤らめた彼に内心でガッツポーズをする。久しぶりに引っ張り出した服は白と赤を貴重にしたスーツで、俺の髪色に合わせてしつらえたからか我ながら良く似合っていると思うし、彼の反応が保証をくれる。そして俺はベッドまで彼の手を引いて、そのまま押し倒さ――れるわけではなかった。
「……直隈?」
「……ちょっとまってね、噛み締めてるから……」
 彼は深く深呼吸をしながら両手で顔を覆い、ちらちらと指の隙間からベッドに腰かける俺を見ている。似合いすぎちゃったかな、なんて。口に出してないにも関わらず恥ずかしくなってしまう。それを誤魔化すように俺は尋ねた。
「……お祭りのときもそんな感じだったっけ?」
「や、今日はシチュエーションが……だって、いまから……する、から……」
 恥じらう姿はかわいらしい。けれど俺もすっかりその気分だから、同時に焦らされているようにも感じる。勿論焦らされるのも嫌いじゃないけれど、直隈にはやく見てほしいものがある。ちょっと急かすように、わざとらしく足を組み替えた。
「ふぅん、直隈が始めないなら、俺が直隈にしちゃおっかな?」
 片手を取って、指先にわざと音を立ててキスをする。そのままぱく、と指をくわえて舌全体で撫でたり、わざと歯を立ててみたり。そのまま色々したかったけど、そうする前にもう一本指が侵入してきた。舌をつかまえられて、俺の口の中の気持ちいいところを次々擦られてしまう。溢れ出る唾液を飲み込もうとするけど、舌を優しくとらえられているせいで上手くいかないし喉が鳴る。けれど口からあふれたそれが頬を伝う前に彼がふさいでしまった。指が出ていく代わりに舌が入ってきて、やっと待望のものがもらえて俺はうっとりと目を細める。彼の身体も彼とする行為も全部好きだ、けれどキスはより一層、心が乗っている気がして特に好き。
 時折しゃくりあげるように胸を震わせながら長い長いキスを続ける。お互いに上着やベストのボタンを外して、袖を落とそうとしたとき。彼ははっとしたように唇を離した。ちょっと残念だけれど、口を放さないと喋れないから仕方がない。
「出来れば着たままで……したい、あ、でも暑かったら脱いでもらっても……」
「……じゃあ、暑くならないようにゆっくりする?」
 本当はもうだいぶ暑いけれど。彼なりのこだわりを感じて尋ねると彼は視線を彷徨わせた。
「……ゆっくり、できるかな……」
 がんばるね、そう宣言する彼の額に、応援の意味を込めてキスをした。彼は俺にそれ以上のキスをたくさんくれて、ふわふわと気持ちよさの海に沈んでいく。ちゅっ、ちゅっ、といっぱいキスをしながら彼が俺をベッドに横たえようとする。脱ぎかけの上着とボタンを外したベスト。その下に手を差し込んで薄いシャツ越しに背中を支えられると、彼の指先にとある何かが引っかかった。
「……あれ? クロエ、何か……」
 問いかけようとする彼に俺は微笑みを返す。
「……ふふ、何だと思う?」
 脱がせてみたらわかるんじゃない? なんて挑発するようなことを言いつつも俺の心臓はバクバクだ。その言葉を聞いた彼は、ゆっくりできるように頑張ると宣言した半面、性急にシャツのボタンに指をかけた。
 首元のリボンをほどきいくつかのボタンを外して、俺の肌が空気にさらされる。緊張と情欲に頬が熱いのを自覚しながら彼を見上げると、直隈の息は震えていた。
「……っクロエ、……し、下着が……」
 そう言ってふちをなぞる彼の指も震えている。衣装と合うように色と装飾を施したこのパーツだけは、"そういうこと”を想定して作られたもの。
 さっき彼が違和感を覚えたのは、生地の厚みがシャツ越しに引っかかったからだ。
「……今日のために作ったんだよ。……どう、かな」
「うん、……似合ってる、すごく。……おれのために作ってくれたの? ……うれしい」
 彼が唾を飲み込む音が聞こえた。生地に覆われていない、彼が部屋を訪れる前からずっと尖りっぱなしだったそこを口に含まれる。やっと期待していた刺激を与えられてぞくぞくと快感が全身を通り抜けていった。舌先でくすぐられたり押しつぶされたり、呼気に撫でられる度あられもない声が出てしまう。彼を求めるまま抱きしめたかったけれど脱ぎかけの上着に阻まれてしまって、でもそれが逆に焦らされているようで余計にこの行為に甘美さをまとわせていく。
 すっかり窮屈になってしまった腰も揺れる。こちらはまだ彼に見られていないけれど、どういう反応をしてくれるのだろう。自分でも見えていないそこに染みが増えるのを自覚しながら、はふはふ荒い呼吸を繰り返す。
 ぽた。ふと肌に一粒、温かいものが落ちてきた。
 あれっ、もしかして感極まって泣いてる? そんなに? でも確かに直隈って結構涙もろい方だし……。そう思って視線を下ろすと、俺の胸元には真っ赤な雫が落ちていた。
「えっ」
 彼が鼻のあたりを押さえている。指の隙間からは、血がゆっくりと滲んでいた。

「ほんとうにごめんね……」
 服を洗うと言った時想定していたのとは別の意味で汚していないかと大層慌てた彼をなんとか落ち着かせて、そう謝る彼の頬をつついた。
「いいよ、結局服も無事だったでしょ?」
「そうだけど……中断になっ、……」
 彼が言い終わる前に頬をつまんだ。むにむに、やわいほっぺは俺の動きに合わせて形を変える。
「あはは」
「ふほへ……」
 困り果てたように眉を下げて俺を呼んだ。頬から指を離して、少し赤くなったそこへ口付けを落とす。
「……続きはまた今度ね」
「……うん」
 素直に頷いた彼にもう一度ちゅうをした。このまま続けてまた鼻血が出てしまうのは良くないし、鼻に詰めたままは俺が良くても彼が気にするだろう。何より息苦しそうだ。ならばいっそ、日を改めた方がいい。
 それに、焦らされるのも、まあ。嫌いではないから。



2023/02/15