するり、彼の頬をやわく撫でれば眠っていたはずの黒橡と目が合った。
「ごめんね、起こしちゃった……」
「うん……? うん、ううん……」
いつかの彼曰く「泥の状態からまだ戻っていない」らしく、肯定と否定を繰り返しながら瞳の形はまどろんでいる。
ぽす、ぽす、と彼の手が布団の上を探ったから、手を重ねたら握られた。
「ずっと起きてた……?」
「ううん、ちょっと目が覚めちゃった」
にぎにぎ、手を捏ねられる。彼はふうん、ともうん、ともとれる鼻がかった相槌を打って俺の髪を梳くようになぜた。これは、たぶん、もう寝なさいの合図。もう一度寝台に身体を横たえて、けれどじっと直隈の表情を見つめる。見つめすぎてしまったのか、再び閉じられようとしていた彼は二、三度瞬きをした後鼻先すれすれまで顔を近づけた。
――ちゅう、されるかと思った。
一人羞恥心に悶えていると、そんなことはつゆも知らない彼がさらりと尋ねる。
「……もしかしてくろえ、結構見えてる?」
「……ん?」
「新月、近いんだっけ。結構暗くて、ほぼシルエットしか見えないんだけど」
目を凝らそうと眉間にしわが寄っている彼が見える。
「……うん、見えてる。のかな」
頷くと彼の指がまず頬に触れて、それから辿るように下瞼をなぞられた。睫毛が彼の指に触れてくすぐったい。ぱちぱち瞬きを繰り返す間に彼の指は目尻を通って、上瞼にも触れる。片目を閉じると彼の指も追うようについてきた。薄い瞼越しに、極々やわい力で瞳に触れられている。
「そっかあ」
「……すぐま、それ、楽しい?」
「うん」
「……」
楽しいなら、いいか。くすぐったさの中に混じっている、焦ったいものには見ないふりをして彼の手の心地よさだけを享受する。納得すると、ともすれば聞き逃してしまいそうな大きさで彼はぽつりと呟いた。
「クロエの目は……光を見つけるのが上手なんだね」
囁くようにそう言って、眉をなぞってから最後にまた髪を梳くように撫ぜた。元の距離に戻り腕も折りたたんでしまう。
したいことだけして言いたいことだけ言って、彼のこういうところは結構、ずるいと思う。起こしちゃって悪かったな、という感情をどこかにやってしまって、俺を放って一人寝入ろうとする彼をぎゅうと抱きしめた。
2023/03/14