とういことはつまりもうすぐ三年なんですよ。


「クロエ、はい」
 そう言って緊張気味に差し出されたのは一輪の花。直隈はたまに、こうして俺に花をくれる。街中で見かけて、綺麗だからと買ってきてくれた花。受け取ってありがとうと笑えば彼はやっと、ほっとしたように相好を崩すのだけれど。
「ありがとう、いい匂いだね」
「、うん」
 けれど、今日は尚も落ち着かない雰囲気だ。そわそわしている。けれど、何かを続けて言い出す気配はない。
「花、生けてくるね」
 どこか緊張した面持ちのまま踵を返した彼を引き止める。
「あ、待って! 直隈が花をくれるから、新しい花瓶を買ったんだ。だから今日はそれに飾ってもいい?」
 ニ、三歩進んだ彼と並びそう言うと、そっか、彼は嬉しそうに呟いた。

 じゃばじゃば水を出して、ハサミでちょうどいい高さを探す真剣な眼差しの彼を見つめながら俺は問いかけた。
「直隈、俺に何か隠してる?」
「えっ」
 バチャ、よそ見をした拍子に彼の袖が濡れてしまった。俺も隠し事は得意な方ではないけれど、それにしたって結構な動揺っぷりだ。
「か、……かくしては、ないよ……?」
「……」
「……」
 言いながら、自分でもあんまりな態度だと思ったのだろう。項垂れるように視線が逸らされてしまった。な、なんだろう。そんなに悲惨な事情があるようには見えないけれど。
 しばらくの沈黙ののち、彼は観念したようにぽつりと呟いた。
「……千日……」
「千日?」
「……おれと、クロエが付き合い始めてから……」
「……えっ?!」
「ちょっと前ムルに、暦から日数を計算する方法教えてもらうことがあって……試しに計算してみたらちょうど今日だったから……」
 お花を、買ってきました。ぽそぽそ尻すぼみになる言葉と反比例して彼の頬には赤みが増していく。千日、知らなかった。っていうかどうして、
「俺にも言ってよ! なんでお祝いをシークレットなままにしちゃうの?!」
「だ、だって! 真ん中誕生日とかよくわかんないんだよね〜とか言ったのと同じ口でわざわざ数えないとわかんない千日記念とか言えるわけないじゃんか〜!」
「言ってよ!!」
 俺の返事は変わらなかった。直隈はずっと居心地悪そうに濡れてしまった袖を捲っている。片手でなかなかうまくいかないそれを手伝って、ちょうどいい長さに花を切り花瓶に生けた。うん、直隈の選んでくれた花とぴったり合う。
 片手に花瓶を持ち、もう片手を彼に差し出した。
「今から時間ちょうだい? 俺にもお祝いさせてよ。……直隈だけ、せっかくの記念日をひとりじめしないで?」
 彼の顔を覗き込んでそう言えば彼は気まずそうに……そして、照れたように頷いた。
「う……ごめん、そうだね……。二人でお祝いしよう」
 触れた指先はまだ濡れたままで、どちらも同じ冷たさだった。


2023/03/15


Waveboxで応援ボタンを押す