告白


「好き」
 世間話がふっと途切れた後。聞こえてきた言葉に驚いて振り向くと、俺よりもむしろ賢者様の方が驚いている顔をしていて。あれっ? と思っていたら、彼はちょっと考えるようにロ元に手を持っていき、それからもう一度こちらに向き直った。
「クロエのこと、好き、です。だから、答えは急がないけど……考えてくれると、嬉しい」
 そう告げて、賢者様は空いた洗濯籠を片手に屋上を後にした。天気がいいからと洗濯をして、最後の一枚を干した直後のことだった。

 屋上に一人取り残された俺は先はどの言葉を反芻する。好きって言った? 賢者様が? 誰に? ……ここには俺しかいない。彼は俺に向けて、はっきりと言った。「好きです」と。わかりきったことを一つ一つ確認し直さなければならないほど、俺は混乱している。
 賢者様の気持ちは、実は前々から知っていた。気づいたのはもうずいぶん前のことに思える。とはいっても賢者様の態度が他の魔法使いたちに対するそれと変わったことはなくて、でも時折彼から向けられる視線はみんなへのものとは違っていて。俺はそんな距離感が嬉しくて、今日まで過ごしてきたのだけれど。
(特別に思われてるのは心地よくて、でも態度を変えられるのが嫌、って……改めて考えると、俺って結構酷いやつなのかも)
 そう思うとちょっと落ち込んできた。
 さっきの好きって言葉も賢者様の反応をみる限りついって感じだったし、ほんとは聞いちゃいけない言葉だったのかな。でも、俺に向かってハッキリ言ってくれたしなぁ。俺は、そのうちに答えを出して賢者様に伝える必要がある。つまり、俺が賢者様を好きかどうかっていうことを。
「賢者様を、好きかどうか……」
 口に出して、顔に熱が急激に集まっていくのがわかった。ここには自分ひとりしかいないとはいえ照れてしまって仕方がない。そんなのわからない。そう言ってしまいたいけれど、自問はとっくにし尽くしてしまった後なのだ。賢者様から特別に思われることが嫌じゃないどころか嬉しくて、そこにいたのが他の魔法使いでも同じことをしたんだろうなってことでも、ただ俺にしてくれるのが嬉しくて。すれ違う時にちょっと手を振るだけでも嬉しくて。そんな嬉しいの積み重ねを、これからもたくさんしていきたいと思っていて。
 つまり、これは、この気持ちは。
「俺は……賢者様のことが、好き」
 口に出すと、さっきの比にならないほどの熱さで頭が沸騰しそうだ。一度もはっき作りと口にしなかった感情を言ってしまえば抑えがたい思いがついにこぼれてしまった。一方的に気付いているだけじゃない。賢者様がみんなにする優しさを受け取るだけじゃない。ただ俺だけを望んでも。その先を望んでも、いいのだろうか。


2021/09/14