直隈の鋭い犬歯を横目で追って、俺はそっと目を閉じる。バンパイアの亜人であると自らを語った彼は、通常の食事の他にも他者から吸血をして栄養を補う必要がある。そう打ち明ける彼に真っ先にじゃあ俺が、と手を挙げたのは、日に日に悪くなっていく顔色がもとに戻るならという思いもあったし、勿論恋人として助けたかったというのもある。
でも、俺は直感的にバンパイアにまつわる伝承のリスクを考えるよりも前に「彼が血を吸うなら俺がいい」と思ってしまったのだ。結果として、バンパイアに血を吸われたからといっていわゆる眷属というものになるということはなかったし、ただ俺の独占欲と彼のお腹が満たされている結果なのだけれど。
そして俺はそれに飽き足らず、彼がせめて元の世界に帰るまでは、俺だけの血を吸っていてくれないかな、とか思っていたりする。
……いや、ほんとは、俺の血だけじゃ量がたりないとか、俺が一緒じゃない任務のときとか、必要になったらそりゃあ無理せず誰かの血を飲んでほしいけれど。
そう、だって吸血行為は彼にとっては食事なのだ。初めて吸血されたとき味について「特別な感じがする」と言われてしまったから殊更俺が意識しすぎているだけで、彼にとっては日常のなんでもないワンシーンだ。
だから。
「……っ、ん……」
首から血を吸われることになって数度目。牙を引き抜く感触にも慣れてきた。痛みはほぼないし、吸われた後の全身の痺れだって「すぐに慣れるよ」と言われた通り徐々に弱まり、今では噛まれた箇所と背筋がピリピリ痺れる以外はなんともない。直隈の舌が吸い痕を撫でて唇を押し付けた。ちゅう、と小さくリップ音が聞こえる。
だから、つい声が出てしまうのも、この行為に艶っぽさを感じてしまうのも俺がただ意識しすぎなだけなのだ。
「……ん、クロエ、ありがと。ごちそうさま」
すり、と直隈が額を擦り合わせる。それだけじゃ物足りない気がするけれど、でもこれ以上触れ合うと抑えがきかなくなりそうでよくない。雑念を振り払うように笑った。
「……止血、なんだっけ? そんなに舐めなくても、すぐに止まると思うし大丈夫だよ?」
そうかな? くらいの軽い返事がかえってくると思ってたけれど予想が外れた。
「……えっ、う、うん」
微妙な間。俺は首を傾げて、直隈は「しまった」という顔をしている。……えっと?
「……俺は、そんなに丁寧にされなくても大丈夫だよって……言いたかったんだけど……」
直隈は気まずそうに顔を赤らめながらも、恥ずかしがっているようなちょっと怒っているような後ろめたいような、よくわからない顔をする。
「おれ、普段からそんなに散らかして食べてない……よね……?!」
「わあ、違うよ! そうじゃなくって、その、丁寧すぎる気がするっていうか……」
「……なんで。クロエのことじゃん、丁寧にしたいよ」
「あ、そ、そんな……うぅ……」
「……いや……ちょっとまって! 自白します」
「ぅえっ?! う、うん!?」
熱烈な言葉に顔が熱くなったと同時に自白宣言をされ、ひどくうろたえてしまった。お互い落ち着くために数拍置いて、やっぱりまだ顔が赤い直隈が丁寧に丁寧に前置きをする。
曰く、「おれの唾液には治癒効果があって、定期的にクロエから血液をもらうことになるから万が一傷が残らないようにしたいし、血を残して服を汚しちゃいけないっていう気持ちもある。それに食事の延長線で血をそのままにするのは食べ残しをしているような感覚がある」と。そこまでは分かる。うんうん頷きながら続きを待った。
「……あと……。ちょっと、スケベ心も入ってました……」
「……えっ……?」
「ほんとは……ほんとはあんなにべろべろ舐めなくてもよくて……あの、実際念のためっていう意図はあるし丁寧にやろうと思ったらああなるんですけど……正直……それにかこつけて……舐めてました……」
彼はうなだれながら謝罪の言葉を続ける。俺は顔を覆ったまま消え入りそうな彼の謝罪を止めて首を振った。
「おっ……俺は! 平気……だよ。ていうか俺も……」
「……俺も?」
「う、ううん。なんでもない! とにかく平気だから、俺の血吸うの、我慢とかしないでね!」
俺はそう言い切ると襟元を整えつつ部屋を後にした。直隈がそういう意図を持って触れていたと知り余計に熱くなってしまった気がする。勇気を持って打ち明けた直隈に比べて逃げた俺はなんてずるいのだろう。けれど、あれ以上あの場に留まるのは。
「……やっぱり無理……!!」
2022/06/13