おれとクロエは、西の国のバカンス地として有名な島に二人降り立っていた。魔法舎のみんなと何度か訪れたことがあるボルダ島ともほど近い場所に位置するここは年中通して昼は暖かく夜は涼しい、とても過ごしやすい地域なのだそうだ。それに加えて宿泊施設からは海にも山にも近く、おまけに各種娯楽施設まで揃っているというザ・享楽の西の国といった資沢ぶりだった。
「直隈、みてみて! ラグハウスのそばにテントもあるよ、 ここも自由に使っていいんだって!」
「ほんとだ、ハンモックにバーベキューセットまである……隣のラグハウスともかなり距離があるし、豪華なグランピングみたいだな」
はしゃぐクロエを横目に、おれもおれで胸のワクワクを抑えきれないでいたどうしてクロエと二人きりでバカンスの地に訪れているかというと、話は一週間前にさかのぼる。
「賢者様! 有休ってほしくない?」
「ゆうきゅう……? ほしい……欲しいね、ゴールデンウィークとか夏休みとか正月休みとかとセットで今一番欲しいやつだよそれ」
やっとこさ完成した書類の山を前にクックロピンと勝利の抱擁をしていたところ、逆さになって顔をのぞかせたムルに尋ねられた。
「有休があったらどうする? 旅行とか行っちゃう?」
「あー……たしかに……どっか旅行いってひたすら引きこもったり散歩したりする遊びしたいな……。もしかしてまたどこか遊びに行く予定立ってる?」
前半の呟きは本当にそうしたいというよりはもし行けるのであれば、という妄想の元の願望だ。
任務が立て込んでいないとき、魔法使いたちが連れ立って旅行にいくこともあった。参加するメンバーもその時によって変わり、一緒にどうかと誘ってもらえることもあるのでタイミングさえ合えばありがたく参加することにしていた。旅行先は繁華街だったり無人島だったりまちまちだが、どこかでそのような計画が持ち上がっているのであれば駄目だと言う理由もない。ムルからの提案にしては少し遠回りな気がするが、西の魔法使いたちが遊びに行く予定でも立てているのだろうか? 彼を見上げると、にんまり笑顔と目が合った。
「立ってるよ。俺たちから、賢者様とクロエに旅行をプレゼントしちゃう!」
「え? おれとクロエ?」
ぽかんとするおれに反して周りの行動は早かった。シャイロックからはクロエと色違いのオシャレ着をもらい、ホワイトとスノウからはお小遣いをもらい、カインからは美味しい食事店の情報をもらい、フィガロからは休暇にぴったりだというお酒をもらい、ネロからは道中のご飯をもらい……ムルの言った通り、みんなからおれとクロエに旅行のプレゼントということらしい。
出発前から至れり尽くせりな状態でみんなに見送られて今にいたる。
オリーブ色で統一されたハウス内を見て回り、寝室へ荷物を降ろす。ルチルからもらったハーブティーで一服ついていた。
「どこに泊まるかは、クロエとラスティカが決めてくれたんだっけ」
「うん。ラスティカの出してくれた案だと、お城みたいな部屋もあってびっくりしちゃった。広い場所を探検するのも楽しそうだけど、今回は直隈とせっかく二人きりなんだし、どこにいてもすぐに会えるようなところがいいなと思って」
そう言ってクロエはこちらに身体を寄せた。有休って、旅行って最高。おれはしみじみとそう思った。
夕食時、この土地の特産物に舌鼓を打ちながら、フィガロからもらったお酒を開ける。フィガロがおすすめするお酒なので辛めのものを想像していたが意外にも飲みやすく、お酒だということを意識していないと飲みすぎてしまいそうだ。ふわふわと心地よい酩酊感がおれを包む。目の前のクロエを見つめていると、なんだかむしょうにクロエに好きだと伝えたくなってしまった。リゾート地に二人きりというシチュエーションの開放感とお酒のせいだろうか。
「クロエ、いつもありがとう。大好きだよ」
「えっ? ありがとう、えへへ、照れちゃうな……俺も直隈のこと、大好き」
「照れてるところもかわいい、いっぱいキスしたい」
クロエの手を握って、すりすりと指でなぞる。すると冷たい手がじわじわと熱くなっていき、おれがなぞるたびにぴくりと動く。もっと指を絡めて、引き寄せて。ちゅ、ちゅ、と指先にキスをしていく。
「け、賢者様、もしかしてすごく酔ってる……」
「慌てるとつい賢者様って呼んじゃうところもかわいい。おれ、朝までずっとクロエのこと抱きしめてたいな」
「あっ……こ、これ! おしゃべりなローズのお酒だよ直隈!」
「うん?」
そのあとは水をもらって、半ば無理やりお風呂に押し込まれてしまった。寂しいから一緒に入りたいなと見つめると苦笑しながらも受け入れてくれた。
「フィガロに一服盛られた……ことになるのかなあ、これ」
「……少しは酔い覚めた?」
「ん……。クロエも飲んでたよね? あんまり変わったように見えなかったけど」
「俺は、少ししか飲んでなかったから」
「うーん……。でも前におしゃべりなローズのクレープ使った時は味見程度でも効果すごかったし、それだけクロエは普段から愛を囁いてくれてるのかな。ありがとうクロエ、大好き」
ちゅう、と彼の首筋を吸う。甘い吐息が漏れるのに気づいてもっとしたくなった。何回も繰り返すと、彼もおれが反応しやすいところを触ったりキスしたりする。すごく気持ちいい。
「直隈、今日はいつもよりくっついてくるね、嬉しいけど」
「……ん、なんていうか、大好きなクロエはいつも言葉を尽くしてくれてるのに、おれはあんまり言えてないなって思って。……でも、酔ってるからとか、おしゃべりなローズの影響だけで好きって言ってるようには思ってほしくないっていうか……いや、実際、結果的に力を借りてるのはそうなんだけど……」
ぼそぼそとつぶやいていると、クロエが息を吐くように笑った気配を感じた。唇をなんどもついばまれる。
「直隈が、俺に好きって全然言ってくれてないなんて思ってないよ。でも、もし直隈が気にしてるなら、明日起きてから、俺にいっぱい愛してるをちょうだい?」
広めの湯舟の隅でクロエと密着していたはずなのに、いつのまにか反対側の隅で、両側を彼の腕に囲われていた。
「だから今夜は俺が、直隈にいっぱい愛してるをあげるね」
そう言って彼は一番きれいな表情で微笑んだ。おれの口からこぼれる嬉しいも好きも愛してるも、全部クロエとのキスに飲み込まれてしまった。
翌朝、鳥のさえずりと眩しい朝日により目が覚めた。見慣れない天井にここどこだっけと一瞬悩んで、旅行に来ていたことを思い出す。身体を起こそうとして、クロエの腕がおれに絡んでいるのに気が付いた。ぐちゃぐちゃのシーツと空になった水差しをみて徐々に昨晩の記憶を取り戻しつつ、お酒のせいだけではない気怠さにまとわりつかれながらもう一度身体を起こす。
「クロエ、」
健やかな寝顔を見せている彼の頬を撫でる。二度、三度と繰り返し呼ぶと眉を寄せて、うっすらと目が開く。
「クロエ、おはよう」
キスをしながら囁く。おはようを返してもらえたら、君にたくさんの愛してるをあげようと考えながら。
2022/03/15